ここまでが本題で、以下は全て余談である。
2015年の駒場祭は多忙だった。サークルの企画で多くの仕事を任されていたからだ。そんな中でも、合間を縫って他の展示を見る時間を作り出すことができた。そこで私が向かった展示の一つが「駒場ビラ博」であった。
「駒場ビラ博」はビラ研究会というサークルが収集・研究したビラを解説(*2)と共に展示するという企画である。古い学生運動のビラなどは特徴的な字体・雰囲気を備えており面白いと感じていたため、この企画は前から気になっていたのだった。目論見通り古い学生運動のビラが展示されていたが、展示の中に私の度肝を抜いたビラがあった。トレンド研究会のビラだった。
トレンド研究会はかつて存在した東大のサークルで、新興宗教団体(テロ組織と言った方がよいかもしれない)の息がかかった組織であった。そのトレンド研究会は、1992年の駒場祭で教祖を呼んで講演会を開いたと聞いていた。しかしそのビラがまさか今も保管されているとは思わなかった。私が見たのは、保管されていたビラのコピーだった。そこには教祖の顔が描かれていた。
その後、ビラを展示していたサークルの方と会う機会があった。話してみると、PCの中にビラのスキャンデータを保有しているという。それを聞いた私は、データを送ってもらうよう頼んでそのスキャンデータを得ることに成功した。なぜそんなことを頼んだのか。ある友達の誕生日プレゼントとしてこれを贈るという企みを思いついたのだ。
彼とは中学校時代からの友人である。同じ教室で学んできた同学の志であり、「こころ」に出てくるセリフを暗記して「先生とK」ごっこをしたり、漢文でメールを送り合ったり、発表の際黒板に力強く板書していかに隣の教室に迷惑をかけられるか競い合ったりするほどの仲であった。長い付き合いなので彼の趣味もそれなりに把握しているつもりだ。まず、彼は戦国時代に造詣が深い。また、甘い物をこよなく愛している。さらに、女子大に入って喜ぶことも彼の楽しみである(*3)。そんな彼は、新興宗教をおもちゃにすることも好きであった。
宗教的なプレゼントはオリジナリティーがあって面白いだろう、そう私は考えた。特にビラは適している。印刷するだけでよいから、教祖の血などと違って格段に手に入りやすい。部屋に置いていても毒性は特にないため、VXガスや炭疽菌の培養地などと違って取り扱いが容易である。白装束をもらってもなかなか着ようという気にはなれないだろうが、ビラなら壁に飾ってポスターにすることができ、実用性も高い。実際、かつての彼の部屋にはアイドルのポスターが貼られており、気に入った人物のポスターを貼る習慣があることが推測できた。
そうと決まればやるべきことは印刷である。私のプリンターは壊れていたため、東大で印刷することにした。PCを立ち上げ、データを読み込み、プリント設定を確認し、プリンターのある部屋へ向かう。だが、印刷を注文する手前で、設定がモノクロになっていることが分かった。私はカラーで出したかったのだ。危うく10円損するところだった。PCの前に戻り、カラー設定になっていることを確かめてから、印刷室に再び行く。しかし、なおモノクロになったままだった。困った。そのままシステム相談員の人にどうすべきか伺ったところ、PCを見せてくれということになった。私は了承した。
ところが足を踏み出したその刹那、一つの事実に気がついた。このままPCのスリープを解除すると、画面に大々的に教祖の顔が表示されてしまう。この宗教が大好きなのは、私ではなく友人であるのに!画像を縮小する時間を稼ぐ方法はないだろうか。私は頭を素早く回転させながらPCの元へと歩いていった。しかし自然な言い訳は思いつかない。平成を装いつつスリープを解除し、大々的に教祖の顔をシステム相談員の方の眼前に示した。
果たして相談員の方は顔色一つ変えなかった。淡々と自分の仕事を済ませ、無口に持ち場へ戻っていってしまった。私は、なるほどこういうことは日常茶飯事なのだろうと納得した。プリンターが音を立て、教祖の顔が熱を帯びて印刷されて出てきた。カラー印刷には50円かかった。
友人はついこの前成人した。私は誕生日プレゼントを渡そうと思ったが、私の誕生日に会おう(*4)ということになった。私は、自分の誕生日に他人へ誕生日プレゼントを渡す羽目になった。彼には、予め「50円(*5)かけて得たプレゼント」と伝えておいたので、ほとんど期待をしていなかったはずだ。50円の割に大喜びしてくれたので、この企ては成功したといってよいだろう。
(*1)自覚は持ちたいが、できることなら責任は持ちたくない。「責任がある」という自覚があっても、責任を全うするとは限らないのである。本題部分は短いが、この短い文から私の繊細な心情を読み取ってほしい。
(*2)ふと思ったが、「解説」と「解脱」は似ている。
(*3)「女子大に入ることが楽しいのではない。女子大に入ってその非日常さにexcitedすることが楽しいのだ」とは彼の談である。
(*4)私は、結局成人するまで「不飲酒戒」を破らなかった。酒を飲むのはなんとなく怖いと思ったので、この友人と酒を飲むことにした。従って、会うのは私の誕生日である必要があった。
(*5)誕生日プレゼントはあげないか、あげても自作の問題などで10円程度しかかかっていないことが多かった。50円はお金をかけた方だろう。