2018年6月29日金曜日

続かぬ家計簿

一時期、出納を把握するため家計簿をつけていた(下図)。

2017年6月の家計簿
ところが、家計簿をつけることは面倒で長続きしなかった。しかし、一つ分かったことがある。家計簿をやめた翌月は私の財政が放漫になるということだ。
家計簿をつけている間は、支出を意識するため緊縮的になる。これは、上の図では、例えば一ヶ月で牛乳を1L分しか買っていないことに顕著に表れている(*1)。そうして緊縮した翌月に家計簿をやめると、反動で支出が増加するのだ。つまり、家計簿をつけることそれ自体が家計にバイアスをかけるという構造がある。家計簿をつけることで知りたいのは私の平均的な支出であるのに、家計簿をつけるせいで支出が抑制され本来の支出を見ることができない。ちょうど、pHを調べるためにpH指示薬を加えるとそれによって水素イオン濃度が変化してしまう(*2)のと同じである。あるいは、細胞を観察するために細胞に入れた蛍光標識が細胞自身に影響してしまうのとも同じである。昔から科学者を悩ませてきた測定問題だ。
ともかく、現在の技術的限界を考えれば、これを克服するためには家計簿をつけ続けるしかない。それは分かっているのだが、家計簿をつけるのはとにかく面倒である。つけるべきだという理念と、つけるという実践の間には大きな隔たりがあるのだ。ちょうど、人類は世界平和を実現すべきであるのに、なかなか世界平和を実現できないのと同じである。
細胞の場合、蛍光観察をし続けるとそのダメージで死んでしまうこともあるという。今まで述べてきたように、家計簿はpH指示薬であって、かつ、細胞を光らせる標識でもあり、更には世界平和でもあった。その類推でいくと、私の場合も、家計簿をつけ続けるとそのダメージで死んでしまうかもしれない(少なくとも、100年くらいつけ続ければ死ぬだろう)。人類も、世界平和が実現されればそのショックで滅亡してしまうかもしれない。
こう考えれば、私が家計簿をつけないことは人類の滅亡を防いでいるといえるのではなかろうか。こうなってはやむをえない。大変不本意ではあるが、家計簿をつけるのは諦めるより他にない。

(*1) 緊縮というわりに娯楽費がかさんでいるが、教科書以外の本は全て娯楽扱いになっていることが大きい。その意味で、この月は"娯楽"が"必要"になったのだ。
(*2) pH指示薬は、ふつう、水素イオンと結合したり水素イオンを放出したりするpH依存的な構造変化によって色を変化させている。

2018年6月28日木曜日

K.如才は気付かない

今日、大学に行って友人と話をしていると、友人甲が友人乙に「髪切ったね」と言った。乙はそれを認めた。丙は「気付いていたけど言うタイミングを逃してしまって」と言った。私は気付いていなかった。
確かに、言われてみればすっきりした感じがする。そこで、「あー、確かに。言われてみればすっきりした感じがする」と言ったところ、笑われた。

それにしても、このような日々の小さな変化にロクに気付くことができない。思い返してみれば、近くに建物が新しく建ったことにも、花が季節の変化を告げたことにも私は気付けずに、友達や家族に教わることばかりであった。
私は、友人の散髪にただ1人気付くことができなかった己を恥じた。そして、こうして日常に潜む細やかな驚きへの感受性を失い、本当は豊かな発見で満ちた世界の中であらゆる新鮮な色彩を見逃し、今後の人生を灰色の退屈と倦怠で満たしていくのかと思うと、将来に暗い影が落とされるかのように感じられた。
これは嘘で、話を盛った。

とはいえ、小さい変化に気付ける人間になりたいのは本当である。私はそうなりたいと切に願っているのだが、残念ながら変化に気付く能力に欠けているようだ。おそらく、世界が「見え」ていないのだろう。もちろん友人の頭髪くらい視界には入っているのだが、私の脳を素通りしてしまっている。右の耳から左の耳、右の目から左の目、右の脳から左の脳、右の腎臓から左の腎臓へという具合である。もし私の消化器が上下ではなく右手から左手へと左右方向に伸びていたら、食物が素通りし消化不良に陥って餓死していたことだろう。

このように、私は変化に鈍感なため、いずれ接近する車に気付けずに轢き殺されるのでは、味の変化に気付けないまま毒入り料理を平らげて毒殺されるのでは、友人に変装した刺客に気付けずに暗殺されるのでは、消化器の配置がある日突然変わって食物が素通りし始め餓死するのでは、などなど生命の危険を感じながら日々怯えて暮らしている。些細な変化にも気付く能力を一刻も早く養って、希望と色彩に満ちた毎日を安心して送れるようになりたいものである。

2018年6月27日水曜日

Recife

あなたは下北沢に行ったことがあるだろうか。下北沢に行けば一度は視界に入ると思われる、下北沢のランドマークといえるビルがRecipe SHIMOKITA(レシピ シモキタ)である。Recipe SHIMOKITAは下北沢駅のすぐ近くに建つ複合商業施設で、スーパーや衣料品店などが営業し、多くの人で賑わっている。おそらく、下北沢の一帯で最も高い建物であろう。
さて、このRecipeであるが、私は昨日友達に指摘されるまで名前をRecipeではなくRecife(レシフェ)と勘違いしていた。Recife(wikipedia参照)というのは、150万人の人口を抱えるブラジル東部の都市である。この勘違いの直接の原因は建物のロゴを見間違えていたことだが、それにしてもなぜこんな単語に見間違えたのだろうか。単語としての知名度はRecipeの方が圧倒的に上のはずだ。私には心当たりがあった。そう、私はRecifeという単語を初めて知ったあの日のことを、今ありありと思い出した。

中学生の頃、毎日連絡帳に日記をつけて担任に提出することになっていた。ある日、私は次のような内容の日記を書いた。
「今日は文房具店で買い物をした。レジの店員さんに商品を渡し、代金を払うと、店員さんは「レシ」とだけ言った。その後その店員さんが言葉を発することはなく、私は領収書を受け取って、「あの不自然に切れた言葉は何だったのだろう」と訝しみながら帰宅した。今、国語辞典で調べることにより、店員さんが言いたかった可能性のある言葉として、レシーブ、レシチン、レシテーション、レシプロエンジン、レシフェなどが考えられることが分かった。もしかしたら、あの店員さんはブラジルの街に思いを馳せていたのかもしれない。」
もう少なくとも6年以上も前のことを思い出して再現したものなので、表現は全然違うかもしれない*1。ともかく、この日以来、私にとってレシといえばレシプロエンジンとレシフェだったのだ。そして、だからこそ私はRecipeをRecifeと見間違え、見間違えたまま覚えてしまっていたのだった。

それはそれとして、Recife SHIMOKITAというのはなかなかしっくりくるネーミングではないだろうか。雑然としながらも活気のある街下北沢の賑わいの中心地。南米のよくわからない街*2と何となくイメージが被る。私が己の間違った認識に対して疑問を抱くことができなかったのもやむを得まい。

(*1)もう少し幼稚な言葉遣いだっただろう。
(*2)よくわからないと言っても、ブラジルでは10本の指に入る人口を持つ市らしい。

2018年6月25日月曜日

お知らせ: K鳴狗盗

今までこのblogでは特にアナウンスしていなかったが、今年の3月、無KのKよりも気軽に更新できるblogとしてK鳴狗盗を開設した。特に推敲を経ていない文章や、ここで没にした記事、その他雑文などを載せてある。
https://k-makes-it.blogspot.com
読むに値するかどうかは別として、一応、存在するということはお知らせしておく。

2018年6月9日土曜日

不健康な食生活

私は一人暮らしをしているが、自炊中心で野菜を多く取り入れた食生活を送っている。その結果、私のSNSを見た人などに「健康的な食事をしているね」と言われることがしばしばある。しかし、これは誤解であり、その実態は極めて不健康なものと言わざるを得ない。事実、私は自らの食生活の結果、非常に頻繁に体調を崩しているのだ(*1)。そこで本稿では、読者への注意喚起も兼ねて、その原因となる食事と、それにより引き起こされる症状について解説したい。

(1)卯の花
卯の花は私の食卓に並ぶ代表的なメニューの一つで(*2)、よく豆腐屋で買った生のおからをだし汁で炊いて食べている。ところが、おから一袋の量が優に四、五人前はできるほど多いのに加えて、卯の花自体が美味しい料理であるために、つい食べすぎてしまう。そうすると、おからは食物繊維が豊富であるため、お腹がゆるくなるのだ。
こうして私は腹痛や下痢になっている。それでも卯の花をやめるのは難しい。

(2)牛乳寒天
熱湯に寒天の粉を溶かし、温めた牛乳とオリゴ糖シロップ(または砂糖)を加え、タッパーに移して冷蔵庫で冷やし固めると牛乳寒天が出来上がる。優しい味わいの中に清涼感が感じられる、暑い季節にはぴったりのおやつである。ところが、寒天の粉一袋で500 mL分のそこそこ多い牛乳寒天が出来上がるのに加えて、牛乳寒天自体がつるんとしていて食べやすいために、つい食べすぎてしまう。そうすると、牛乳の乳糖(*3)と寒天の食物繊維が合わさって、お腹がゆるくなるのだ。
こうして私は腹痛や下痢になっている。それでも牛乳寒天をやめるのは難しい。

(3)ガム
私は、XYLISH HYPER COOL (ミント味の黒いキシリトールガム)をほぼいつも大学に持って行って、ほぼ毎日食べている。これは、元々はその強い味で刺激を与え眠気を覚ます目的で食べていたのだが、何十箱も食べているうちにすっかり慣れて眠気覚ましの効果はあまり得られなくなってしまった。それでも、ガムを食べないと落ち着かなくなったり集中力が低下したりする禁断症状が現れるため、つい食べすぎてしまう。そうすると、キシリトールの効果でお腹がゆるくなるのだ。ガムの場合、1週間あたり50 gくらいのペースで食べていた頃はお腹どころか顎の調子まで悪くなっていた。そのため、今ではガム欲求の一部をミントタブレット(フリスクなど)で満たすようにしている(*4)が、お腹がゆるくなるのはミントタブレットでも同様である。
こうして私は腹痛や下痢になっている。それでもガムをやめるのは難しい。

そもそも、確かに私は野菜を多く食べていると思うが、これは好きで食べているという面が強く、健康のことはあまり意識していないのであった。振り返ってみれば、小学生の頃から人参の摂りすぎで肌がやたらと黄色くなる(*5)ような子供であった(*6)。私はあの頃から何も変わっていない。
読者諸賢におかれては、私を反面教師としていただいて、バランスの取れた真に健康的な食生活を送られるよう心がけてほしい。


(*1) 今もお腹が痛い。
(*2) 私は卯の花が好きである。高校の文化祭のクラス屋台で何を売ろうかという話し合いの際に卯の花を提案したこともあるのだが、速やかに却下された。
(*3) 私は牛乳も好きで毎週1.5 Lほど飲んでいるが、特に乳糖に強いわけではない。
(*4) ただし、はじめは単なるガムの代わりだったタブレットだが、今ではそれ以上の意味がある。こちらの方が味が強いため、刺激を得るのには優れている。
(*5) 柑皮症と呼ばれる。
(*6) そういえば、祖父もヨーグルトの食べすぎでお腹を壊していた。そういう家系なのかもしれない。

2018年6月2日土曜日

カラオケの定番曲

先日、友人とカラオケをする機会があった(*1)。その最中、「最近あんまり新しい曲を聞いてインプットしていないから定番曲しか歌えていない」と発言したところ、「定番曲とは......」と言われた。これは尤もな質問で、私にとっての定番曲は少々世間と乖離があるように思われる(そのせいでおいそれとカラオケに行くわけにはいかないのだ)上、自分でも自分にとっての定番曲を把握できているとは言い難い。そこで、この記事で自分がカラオケで入れがちな曲をまとめてみることにした。
以下のリストでは、曲名の後に歌手名等を付している。また、JOYSOUNDやDAMへのリンクも見つけられた限り貼ってある。タイトルだけではどういう曲なのか分からないものが多いであろうから、気になる場合はこれらの情報も使って自力で調べて頂きたい。

1. LA BAMBA (LOS LOBOS. JOY / DAM)
有名なメキシコ音楽である。ノリが良いので、比較的カラオケ向きだと思っている。

2. MONEY, MONEY, MONEY (ABBA. JOY / DAM)
お金が欲しいという気持ちで歌っている。

3. 信濃の国 (長野県歌. JOY)
友達がよく歌うので覚えた。しかし、私は長野県に行ったことがない。

4. Erlkönig (作詞:ゲーテ. JOY)
私が最も頻繁に入れる曲で、有名な「魔王」である。

5. DSCHINGHIS KHAN (Genghis Khan. JOY /DAM)
ドイツ語といえば、この曲もよく入れる。99 Luftballonsは目下練習中である。

6.ラジオ体操第一 (ラジオ体操. JOY)
その日の気分によって、「ラジオ体操第二」や「ラジオ体操の歌」で代えることもある。

7. エラトステネスの篩 (中尾ミエ. JOY)
素数を発見するためのアルゴリズムを説明した歌である。

8. 狩りから稲作へ feat.足軽先生・東インド貿易会社マン (レキシ. JOY /DAM)
縄文時代から弥生時代への移行をテーマにしたラブソングである。

9. Huwag Mo Nang Itanong (Eraserheads. JOY /DAM)
「フィリピンのビートルズ」こと(*2)Eraserheadsの曲である。私が唯一知っているタガログ語の曲である(いつの間にか知っていた)が、特にEraserheadsを代表する曲というわけでもないらしい。どうやら病人(喘息?)についての曲のようだ。

10. Dolly Song (HOLLY DOLLY. JOY /DAM)
なんともいえないが好きな曲である。

11. さなだ虫 (ブリーフ&トランクス. JOY /DAM)
なんともいえないが好きな曲である。

12. Therapy (group_inou. JOY)
なんともいえないが好きな曲である。

以上が主要なところだと思う。これらの他には、「出町柳から」「マツケン・マハラジャ」「逍遥の歌」などがある。これくらい挙げれば大体の傾向は掴めると思うので、もし私が好きそうだと推測される曲があれば、是非教えていただければ幸いである(*3)。

(*1)ちなみに、私は非常に音痴である。ついでにいえば運動音痴で、さらにいえば方向音痴のため、見事三冠を達成している。
(*2) Wikipedia による情報(2018/6/2閲覧)。
(*3) この記事の続編のような記事を、サブブログ「K鳴狗盗」で書いた(「好きなマンガ・書籍」)。

2018年6月1日金曜日

同窓会用の問題

2017年1月に、私の高校の同窓会があった。その同窓会での企画に使われた問題を公開する。