2019年5月13日月曜日

初恋・上

自らの思考や感情を整理するための方法を、私は書くこと以外に知らない。思い出も、悩み事も、思索したことも、ずっと文章に綴ってきた。だから今回も書くことにする。

私の恋の話をしよう(*1)


私が「彼女」(*2)に対する恋愛感情を自覚したのは、2017年の春のことだ。実のところ、私はそれまではっきりとした恋に落ちたことがなかった(*3)。私の中心にあったのは、常に学問のことだった。大学に入るまでは、私は勉強を心の底から楽しむことができていた。私は成績も良く、自分の将来は明るいと信じきっていた。だから、部活、課外活動、友達と過ごす時間など、勉強以外のことも全力で楽しむことができていた。たとえ恋人がいなくても世界は輝きで満ちていて、私の頭に恋愛が入り込む余地はなかった。
ところが、大学に入ると世界は一変した。私が入学した東京大学は、入試だけでなく入学後の授業までもがハイレベルだった。私は授業についていけないことに悩むようになった(*4)。私は、私なりに必死に勉強したつもりだったが、それによって得られたのは知的好奇心が充足されたという満足感ではなく、何もかもが分からないという無力感だった。世界から輝きが失われていき、暗がりの中で私は一抹の寂しさを覚えた。このとき、私は初めて恋人が欲しいと思った。私は恋愛に対して憧れを抱き、いつか素敵な人と出会って素敵な恋愛をしてみたいと願うようになった。
しかし、私はその気持ちを押し殺して勉強に励んだ。無力感に打ちひしがれていたとはいえ、自分が解きたい謎(*5)に挑まずに済ます人生というのは、私にとって考えられないことだった。私は、何もかも分からないと言っていてはダメだ、自分は"何か"を分からなければならないのだと考えた。私は焦燥感に駆られていた。まだ見ぬ誰かと出会うために使っている時間など、自分にはどこにも無いように思われた。
この判断は、勉強をより一層つらいものにするだけの結果に終わった。2017年初頭における私は、何をどう頑張ったところで自分の大学生活はどうすることもできないのだという諦念に支配されていた。

こうした状況下で、私の中で急速に存在感を増していたのが「彼女」であった。彼女は私のある知り合いの知り合いであり、積極的に出会いを増やそうと努力することなく接点を持つことができた貴重な異性の1人だった。彼女は家族思いで心優しく、実直な性格をしているように見受けられた。また、彼女は勉強熱心な努力家で、聡明かつ知的な人だと感じられた。美人だとの印象こそ受けなかったものの、媚びたところのない、素朴で自然な可愛さを持った人だと思った。私は、彼女と会って話が合うと感じたことをきっかけに、彼女の性格は私のタイプなのではないかと考え始めた。容姿よりも性格の相性を重視していた私にとって、彼女の温厚で誠実な性格はまさに求めていたものそのもののように感じられた。私はこうして彼女を意識し始めた。
それからほどなくして、私はまた彼女と会う機会を得ることができた。私は、彼女と会えたときには今まで感じたことのない喜びを覚え、彼女と別れたときには今まで感じたことのない寂しさを覚えた。彼女と会えるチャンスは、それほど多くはなかった。私は、彼女にまた会いたいとしきりに思うようになった。彼女に会うことを想像すると、歓喜と緊張がないまぜになったような、異質で奇妙な感覚が心の中に湧き上がった。私は、初めて覚えたこの感覚に対し、どのように向き合えばよいのか分からなかった。しかし、彼女の声、彼女の言葉、彼女の姿が頭にこびりついて離れなくなっていたのは確かだった。
この奇妙な感覚は、どのような勉強や遊びによっても薄められることがなかった。私は、彼女に対して友情以上の特別な感情を覚えていること、そして、この現象が単なる一過性のものではないことを認めざるを得なかった。そうして四六時中彼女のことを考えているうちに、「恋人が欲しい、交際するならどういう人がいいだろうか」と悩んでいた思考は、やがて「交際するなら彼女がいい、彼女が一番好ましい」というものへと変化した。2017年の春、私は彼女への恋愛感情を自覚した。その後も、私は彼女に時々会った。時には2人きりで会って大学の構内でじっくりと話したこともあった。しかし、恋愛という観点においては、2019年の春になるまで事態に特に進展はなかった。

私は、東京大学を卒業した後は京都大学の大学院へと入学することになっていた。私は京都での生活を憧憬しており、学生のうちに一度は京都に住んでみたいものだと考えていた(*6)。そこで昨年、京大の院試を受けようと決め、それに合格したのだった。この関西地方への引っ越しは、彼女と結ばれたいと思い始めた私にとってむしろ好都合なことだった。というのも、今年の初頭、彼女から受け取った年賀状から、彼女もこの春から関西で暮らし始めるようだと分かったのである。これを読んで、私は彼女に対するアプローチを始めようと心に決めた。
3月の上旬に京都への引っ越しを済ませ(*7)ると、私は彼女に声をかけた。ランチに誘ってみたところ、彼女は私と2人きりで会ってくれた。彼女と会うのは久しぶりだった。
このときの手応えは上々だった。会ったそのときから、わざわざおしゃれをして来てくれていることが感じ取れて、私は舞い上がった。アクセサリーはファッションに詳しい妹から借りてきたとのことだった。
会って10分もしないうちに、恋人はいるのかと彼女に尋ねられた。
「え、いや.......。いない、けど」
戸惑いとともに私は答えた。
「実は、私も」
自嘲とも安堵とも取れる笑みを浮かべながら、彼女は続けた。「22年間生きてきたけど、私、彼氏ができたこと一度もないんだ」
私は「俺も、誰かと付き合った経験はない」と返そうとしたが、言葉を発することができなかった。私と彼女の間に、気恥ずかしい空気が流れた。私も彼女も、この空気に対処する術を知らなかった。これまでも二人きりになったことは何度かあったが、お互い恋愛の話題を振ったことはただの一度もなかった。だから当然、このようなことを聞かれたのも初めてだった。私には、彼女から尋ねてきたことが意外に思えてならなかった。
ランチの店に入ってしばらく話していると、彼女は自分が話したかったことをもう一気に話してしまったと言った。それは、私に恋人がいるかどうかは真っ先に聞きたかったことという意味なのだろうか。私の心拍数は高くなった。これからの研究計画のことを話すと、彼女は「カッコいいと思う」と言ってくれた。私は、彼女に「カッコいい」と言われたことが嬉しくてならなかった。昼食の後は喫茶店に移動して、色々なことを話して盛り上がった。特に、東京証券取引所や火力発電所に行った話(*8)をしたところ、彼女は強い関心を示した。そうして、3月中に造幣局かどこかに一緒に行こうという話になった。是非行こう、後で具体的な場所や日付を調整しようと約束し、その日はそこで解散となった。
ここまでうまくいくとは思わなかった。恋人の有無を聞いてくるあたり、彼女も私のことを少しは意識してくれていそうである。さらに次のデートまで確定してしまった。これは押せばいけるのではないだろうか。私は可能性を感じた。その瞬間、私の恋心はかつてないほどに燃え上がった。私は、主に彼女の精神性に惹かれていて、容姿にはあまり魅力を感じていなかった。ところが、このとき、にわかに彼女の容姿が魅力的に感じられるようになった。同時に、彼女と手を繋ぎたい、彼女と抱擁をしたい、やがては彼女とキスまでもをしてみたい、と考えるようになった。私は、恋を覚えると人はどう変化するのかをその身を以て知った。私は恋愛の熱に浮かされていた(*9)
私は、自らの思考や感情を整理するための方法を、書くこと以外に知らなかった。思い出も、悩み事も、思索したことも、ずっと文章に綴ってきた。だから今回も書くことにしよう。そう言って、思いの丈を込めたラブレターまで書き始めるに至った(*10)
それはそれとして、問題は次のデートであった。造幣局の見学が第一候補であったが、予約で埋まっていたため他を探す必要があった。交通の便、見学内容、個人の見学を受け入れているかなどの観点から丸一日かけて検討を重ね、私はある食品工場の見学を提案した。ところが、彼女の都合が悪くなったということで、このデートの計画は流れてしまった。「また機会があれば」、と彼女は言った。脈があるようにもないようにも見える、玉虫色の言葉だった。「分かった」以上の返事はできず、メッセージのやりとりはここで一旦途切れることとなった。

4月になった。私は京都大学の学生となり、研究室に行ってPCのセットアップなど研究の準備を開始した。その裏で、彼女のことは常に気になっていた。私から好きになった以上はこのまま待っていてもどうしようもないわけで、私から押して機会を強引にでも作り出す以外の選択肢はなかった。ひとまず、新生活はどうかと彼女に話しかけることにした。彼女は最近の生活について述べた後、私の新生活について尋ねてくれた。どうにか会話を生み出すことができたのだが、どうやら彼女は忙しいようで、返事はあまりマメではなかった(*11)。私も私でどう返事しようかと毎回1日くらいかかって悩むものだから、非常にスローペースな会話となった。ともかくも、新生活の話から会話を繋げ、やっとの事でゴールデンウィークにデートする約束を取り付けることができた。私は一安心した。
大半の工場見学は、平日にしか行われていない。3月に提案した食品工場も例外ではなかった。彼女は工場以外ではダムに行きたがっていた。そこで関西のダムについて調べてみたのだが、規模の大きなダムはどれも山奥に作られていて、交通の便が悪かった。彼女にダムは気軽に行ける場所ではないようだと伝えたところ、行き先は結局私に一任するということになった。私が東京で遊んだ場所はというと、工場以外では庭園、裁判所、洋館、植物園(*12)といったところだった。関西におけるこれらの施設を検討し、私は次のデートの場所に神戸布引ハーブ園を選んだ。ここは神戸の定番デートスポットの一つである。この選択のキモは、近くにダムがある(*13)ということだ。このダムを発見したときは、なるほど神戸ならば山と交通の便を両立できるのかと膝を打った。ここにするしかないだろう。私は彼女に行き先を伝えた。
行き先を決めた私は、このデートで告白しようと決意した。私は、恋愛感情を抑えきれない、すぐにでも彼女に告白したいと感じていた。彼女は高嶺の花のようには見えなかった。事実、彼女は今まで誰かに告白されたことはないようだった。しかし、新生活で出会った他の男に取られてしまうリスクは十分にあると私は思った。それは告白して振られる以上に我慢のならないことだった。次で告白するというのはやや性急なようにも感じられたが、これを逃すと次がいつになってしまうか分からない。それに、ダムは彼女が行きたがっていた場所である。景色もきっと綺麗だろうし、人も多くはないだろう。告白する上で絶好のチャンスといえそうだ。これらを踏まえ、私は次のデートで告白するのがベストな選択であると判断した。

そうして告白の当日になった。空は青く晴れていた。(続く)


後編: 「初恋・下」

(*1)この「無KのK」版の記事は、2019年5月の初稿から全体の構成を見直し、より読みやすくなるよう編集を加えた新編集版である。最終更新日は2020/12/30。
(*2)三人称の代名詞である。以下では、「彼女」という言葉を「恋人」の意味では使用しない。「彼女」という言葉は、全てある特定の1人の女性を指している。なお、「彼女」が誰なのか分からないようにするために、この記事はわざとミスリードを誘うような記述を一部に含んでいる。
(*3)これは「読解力の重要性を示す1つの事例」における記述と矛盾するようだが、あの記事は背伸びして知ったかぶりで書いていたということである。
(*4)ref. 「Arduous Learning of English for a Science Student」など。
(*5)「生命とは何か」「生命現象は物理学の枠組みでどのように記述できるのだろうか」という謎である。
(*6)ref. 「私の院試体験(3)」
(*7)ref. 「3/5-3/12: 転居」。年始に彼女へのアプローチを決意してから春に開始するまで少し間が空いているのは、卒業研究と引っ越し準備のためである。
(*8)ref. 「日記: 東京証券取引所と水再生センターの見学」「横浜: 磯子火力発電所ほか」。しかし、まさか行きたい場所の趣味が合うとは思わなかった。無KのKに記事を書いたときは冗談のつもりだったが、デートスポットとして優れているというのもあながち間違いではないのかもしれない。
(*9)例えば、自分の服装や髪型が気になるようになった。 ツイートもややポエティックになった。彼女が言った「カッコいい」という言葉を取り出して何度も脳内再生しては何度も照れた。
(*10)ref. 「3/21」。当時も書いているように、これがなかなか異常な仕上がりだった。恥ずかしいため一生非公開とするつもりでいたが、気が変わった。以下に初稿を掲載しよう。
「私は君のことが好きである。その根拠として、例えば以下の事実を挙げることができる:
・君と会うことを思うと、喜びと緊張が混ざったような独特の高揚感を抱く。
・君という存在がまるで頭に焼き付けられたかのように感じられ、毎日君のことが気になってならない。
・君と手を繋ぎたいと感じる。
私は、君の実直な性格を尊敬している。初めは、君に対してのみ現れるこの異質で奇妙な感覚も、君に対する尊敬と友情を足し合わせたものだろうと思っていた。しかし、久しぶりに君と会い、それに伴って「奇妙な感覚」が己の中で激しく強められたのを、私は確かに感じ取った。ここに至り、私はこれが恋愛感情に他ならないことを確信した。
私は、初めて抱いたこの「奇妙な感覚」に対して未だに戸惑いを覚えている。この告白という判断についても、まだいくばくかのためらいがある。しかしそれでも、君のことを好きになってしまった以上、このことを伝えずに済ますという選択肢は私に残されていないように思われたのである。

私は君のことが好きである。従って、私は君と付き合いたい。この交際の申し出に対して取りうる返答としては、次の3つが考えられる。
i)承諾
君と付き合いたいとは言ったものの、私は過去に誰かと交際した経験があるわけではない。このため、交際といっても何をすれば良いのかは実のところ不明である。よって、この場合、まず最初に交際という言葉の具体的意味を考える必要があるのではないかと思われる。
ひとまず、私としては、メッセージのやり取りないし通話などの方法によって、定期的に君と接点を持つことを希望している。
ii)拒否
もし君が私を自分の恋人にはしたくないと思うのであれば、この交際の申し出を拒むことを躊躇しないでほしい。たとえ交際を拒まれたとしても、これからも君が良き友人であり続けてくれるのならば、私は嬉しい。
iii)保留
i,iiのどちらか一方を選択するには時間を要するかもしれない。私が君に対して恋愛感情を抱いていることを認識してもらえれば、当面はそれで十分である。判断するにあたって足りない情報があれば、体重、好物、年収、既往歴、名前(ふりがな)、アフリカ連合本部の所在地、人生の意味など、なんでも聞いてもらって構わない(**1)。答えられる範囲で答える。
長くなったが、要点は単純かつ明快だ。もう一度言おう、私は君のことが好きである。
(**1)インフォームド・コンセント。」
大真面目に書いていたはずが、筆が乗っておかしな文章になってしまった。こんなものを渡せるわけがない。結局、抜本的に書き直すことにした。
(*11)私はこれにやきもきした。ref.「4/5」
(*12)ref.「11/20: きらら展」「12/11 午前: 浜離宮」「12/11 午後」など。
(*13)五本松堰堤のこと。ref.「布引の滝 布引ダム(五本松堰堤)への行き方」(神戸市公式サイト)

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