先日、大学の先輩であるNさんと駅前で待ち合わせた。その日、Nさんとはこんな会話をした。
私「こんばんは」
N「Hが来るの2時間後だっけ?」(歩き始める)
私「そうみたいですね」(付いていく)
N「お酒、日本酒一瓶持ってきたけど、先に飲んでたら飲み尽くしちゃうだろうし。どうしようね」
私「そんなに飲まれるんですか」
N「これくらい一瞬で無くなるよ」
私「ところでこれどこに向かっているんですか」
N「どこにも向かってない。僕歩くの好きだから。これ前も話したかな?一番ひどかったのは四年ぶりに高校時代の友達と会った時で、喋ることいっぱいあるじゃん。半日ぐらいずっと歩いてて。適当に歩いてランダムウォークでわけわかんないところ行くんだよね。あれ、こっち行くと駒場だっけ?」
私「駒場はあっちです」
N「この辺の道全然わかんないんだよね。Hが来る頃には東京駅に着いてるかも」
私「こっから丸の内まで!?」
N「反対方向なら多摩川まで行ったところで気付く」
私「あ、こっち行くと下り坂ですね」
N「坂に行くと何かがあるって感じしない?」
私「よくわかりません」
N「坂に行って何もなかったら、それただの坂じゃん」
私「?」
N「渋谷ってなんか人が集まってるけどさ、あそこって谷底だから、重力に従って人が集まってるだけなんだよね。渋谷のいいところなんて......そうだな......強いて言えば谷の字は小学校の低学年で習うってくらいしかない。集合場所を渋谷にするくらいだったら、例えば......中野坂上の方がいい」
私(笑って言葉にならない)
N「僕坂に住んでるんだけど、行きで家から駅まで下ったら、普通なら帰りは駅から家まで上んないといけないじゃん。僕は坂上りたくないから、行きも帰りも下って歩けるようにしてて」
私「定期を一区間分余分に買って、行きと帰りで違う駅を使ってるってことですか」
N「そうそう。電車って研究をするより坂を上る方が得意だし、僕は坂を上るより研究をする方が得意だから、分業してるんだよね。誰だっけ、リカードだっけ、こういうのってその人の中で相対的に得意かどうかで決まるから」
私「あー。えーっと、確か自由貿易の理論でしたよね。高校の頃に現代社会の授業でやりました」
N「電車は坂を上って、僕は研究をする。合理的......そう、合理的でしかないよね。あまりに合理的だから、そのうち英和辞典でrationalって引くと「坂」って出るようになる。<まれ>って付いて」
私「???」
N「英語といえば、中学で英語を習ったとき、教科書に載っている文を日本語に訳して意味をとっていくわけだけどさ、これ本当か?って思いがあって。もちろん教科書の文もネイティブの人が書いてるんだろうけど。でも習っている英語は本物なんだって実感できたのは論文とか読み始めた大学生になってからだった」
私「うーん」
N「特に何も感じなかった?」
私「そうですね。宿題でペーパーバックとか読んでたんで」
N「なるほど、ペーパーバックか。ペーパーバックは現実感があるな。高校の文法でも、これ本当に使うのか?みたいな表現があったけれども、最近Netflixで字幕版の洋画を見てて、「あっこれ習った表現だ!」って興奮しちゃって。そこだけ止めて何回も見た」
私「内容よりも形式の方に目が行ってしまう、と」
N「そうそう、形式......。形式はすごく重要で。形式だけ守っていればうまく回るって社会がいい。いちいち内容を見ていたら時間がかかってしょうがないじゃん。形式によって社会がスムーズに回るようになる。店で買い物するときなんかもさ、客側に信用なんか全然ないわけよ。それがお金を出せばものが買える。物々交換だったら、持ってきたものの質を相手に調べてもらわないと取引ができない」
私「つまり、貨幣という形式こそが効率的な経済活動を可能にしている」
N「貨幣……うん、この場合は貨幣だな。他にも、学位なんかもそう。その人が学問を修めたのか毎回確かめていると大変だからね」
私「ところでここはどこなんでしょうか」
N「お、ついに全くわからない場所に来たか」
私「どっちに行きましょう」
N「わからない方に進むってことが大事。わかる方に進もうとする人がよくいるんだけど、わかるなら行く必要ないじゃん、それは進んでないじゃんって。まあそんなこと言ってると家に帰れなくなるんだけど」
私「家へは進むものじゃなくて戻るものですからね」
おにぎり屋(?)の人「うなぎの入ったおにぎりは要りませんかー?」
N「あの人、街角に立ってうなぎの入ったおにぎりを売っていたけれども、どうして今うなぎの入ったおにぎりを売ろうと思ったのだろう。店を構えていたわけじゃない。いつもこの時間になるとここに来てうなぎの入ったおにぎりを売っているのか、それとも「今晩はうなぎの入ったおにぎりを売ろう!」とたまたま思い立ってここに来たのか」
私「うーん、わからないですね……」
N「それにしてもうなぎの入ったおにぎりか。逆に、おにぎりの入ったうなぎ......」
私「おにぎりを食べて育った、的な?」
N「米とうなぎ、どっちが主役なんだろう。カレーって食べ物あるじゃん。あれは無の食べ物だと思っていて。豚カツだったら肉、煮魚だったら魚って、普通の料理にはにはそれぞれ主役となる食材がある。どれだけシンプルな味噌汁でもネギか豆腐かは入れるでしょ。だけれどもカレーにはそれがない。具がなくてもカレーって料理は成立するじゃん」
私「小麦粉......ですかね?」
N「強いていうなら、調味料だよ。あれは調味料を食べているんだ」
私「なるほど」
N「他にこういう料理あるのかな」
私「コンソメスープはどうでしょう」
N「コンソメスープか。コンソメスープは「調味料を食べている」度合いが高いな。カレーとコンソメスープなんて組み合わせは栄養がない」
私「ところで、なんだかあのへんに人だかりができてますね」
N「僕は一回人を集めて特に意味のないことをしたいと思っていて」
私「部屋でみんなで一方向を向いて立っている、とかですか?」
N「それだとちょっと見た目の面白さが出てきちゃうんだよな。イベントやります!って言って、ビラも配って、だけどやることは何の意味もないっていうのをやりたくて。でも何もしないってことはできないから、何かはやらないといけないのだけど。英語にはnothingって言葉があって、日本語だと「全く〜ない」って言い方をするけれども、英語だとnothingがあるって言うじゃん。なんでこんな言い方ができたんだろう。無があるなんて考え方、普通しないじゃん」
私「さあ……」
N「とにかく、何の意味もないことをやるってのはなかなか難しいんだよ。だから、例えば……渋谷に集まって、渋谷に関係のないことをやる。渋谷の反対だから、上野か?」
私「水産資源の保護を求めるデモ、みたいな話ですか」
N「それだとどこでやっても意味がある。それじゃダメなんだよ。渋谷でビラを配って、だけどそのビラの中身は既に終わったイベントの告知で、開催地は岡山、みたいな。全てがちぐはぐ」
私「なるほど」
N「あるいは署名運動とかね。署名を集めるんだけど、「これどっかに提出するんですか?」って聞かれたら「いや、どこにも出しません」って答える。署名がいくら集まったところで何にもならない。ただ集めるだけ。場所は......どうしようかな」
私「そうですね、じゃあ東小金井で」
N「東小金井で、東京一極集中反対!文化庁移転!ってデモをやる。なんで東小金井なのか全くわからないし、東小金井って文化庁から妙に遠い割にはそこそこ都心に近いから、移転されたら東小金井にはむしろ不利っていう」
私「めちゃいいですねそれ」
N「ただ東小金井は交通の便が悪いんだよな。都心のマイナー駅......桜田門だ。桜田門でセンター試験廃止!とかやるわけよ。警視庁に何の関係もないし、何なら存続じゃなくて廃止を求めるっていうちぐはぐさ。何もかも意味不明。うん、東京大学意味不明サークル作りたいな。毎回意味不明な活動をするの」
そうやって話していると2時間が経ち、Hさんが来た。
H「ごめんごめん、仕事で遅くなって。今まで何してたの」
N「外をぐるぐる回りながら二人で喋ってた」
H「ずっと!?」
N「そうだね。僕は2秒沈黙が続いたら自分から何か話すようにしてるから、基本的に僕がずっと喋ってて」
H「それでN君の意味不明な話をずっと聞いていたの......。すご、僕なら耐えられないわ」
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