2016年8月25日木曜日

読解力の重要性を示す1つの事例

確か、私が高校生2年生か3年生の頃の話(*1)だったと思う。
私が母と夕食を取っていたときの出来事であった。当時の私は「彼女いない歴=年齢」だった(*2)が、母はそれを常々問題視していた。そしてその日、母は私にもっと恋愛に取り組むよう要求してきたのだった。私ははぐらかしながら会話に応じていたが、私の女性に淡白な態度を前にして、母は私をゲイではないかと思い始めたようだ。そしてついには、「もしかして、あんたこっち(=オカマ)なんけ。それだけはやめてよ」と発言するに至った。
私は、この発言には複数の問題があると思った。第一に、同性愛者に対し差別的である。次に、私は自分を異性愛者として認識している。更に、この発言にはもう一点の問題があった。私はこの「もう一点の問題」に焦点を当て(*3)、だいたい次のような内容のことを言って(*4)返答した。

「ちょっと待ってほしい。今、「それだけはやめてよ」と言ったが、その命令は意味を為さない。なぜなら、「好き」という感情は第三者に「やめろ」と言われて「やめる」ことができるものではないからである。もし「やめる」ことができたならば、それはもはや「好き」とは言わないのではないか。それでも「やめる」ことができず、どうしてもその人のことを考えてしまう、そんな状態のことを「好き」と表現するのである。もちろん、求愛や結婚といった具体的行為ならば「やめる」ことができる。しかし、ゲイであることはそういった行為ではなく、その人の「好き」という感情によって定義されるものであろう。従って、もし私がゲイであると仮定しても、「ゲイである」ことは「やめる」ことができないのである。以上の議論により、「それだけはやめてよ」という今の発言は意味を為さないことが明らかとなった。」
以上の議論を聞いた母は、私をしばらくゲイだと誤解してしまった。なにぶん彼女がいない(*5)以上証拠を提出しようがない(*6)ので、この誤解を解くことは大変な苦労であった(*7)。

わざわざ言うまでもないことだと思うが、私の弁論のどの点をとっても私がゲイであるという結論は引き出されない。私は異性に対する恋愛感情から類推することによって論を組み立てているのである。センター試験か何かで私の発言が出題されたとして、「この主張の発言者はゲイだと考えられる」といった内容の選択肢があれば間違いなく誤答であろう。しかし母は誤答を選んでしまった。この事件は、「読解力の不足は、息子をゲイだと誤解する危険性を高める」という教訓をもたらしたのである。

(*1)「ある年のクリスマスプレゼントとして私がハタハタを求めたところ、クリスマスツリーの下に魚の入った発泡スチロールの箱が置かれていた。祖父がしばしば魚介類を注文していた業者と箱に記された業者が同じであったことから、私はサンタさんの正体が家族だったことに気づいた」というエピソードに並ぶものとして、ある友人はこの話を高く評価している。曰く、これらは私の人となりをよく表しているそうだ。
(*2)2016年8月25日0時現在においても「彼女いない歴=年齢」である。
(*3)私が「もう一点の問題」に焦点を当てたのは、それが論理上の問題であるからだ。「同性愛者に対し差別的である」はジェンダー学上の論点であり、また、「私は自分を異性愛者として認識している」は私個人がどういう人であるかに関する論点である。一方、第三の問題は純粋に論理上の問題であり、より普遍的で、より根源的な問題であると思われたのだ。
(*4)書き言葉として再構成する上で訛りを取り除いた結果、堅苦しい印象を与えるものとなってしまった。
(*5) 彼女がいないどころか、彼女という概念(=「彼女」とはどういう意味の言葉なのか)がよく分からない。いや、それどころか、「いない」という概念の意味もよく分からない。「いない」がわからないどころか、「いる」も分からない。なぜ自分はここにいるのか。何かが「ある」とはどういうことをいうのか。そもそもなぜこの世界には何かが「ある」のか。私は一体何を認識しているのか。彼女がいないどころか、私がいない可能性もあると思う。
(*6)尤も、彼女がいたところでバイセクシャルである可能性は残る。
(*7)「大変な苦労」になってしまったことには、私の将来の夢が科学者であることも災いしている。というのも、科学者を志す者として、私は物事を控えめに記述する傾向があるのである。例えば、断定は極力避け、分からないことはきちんと分からないと言う、といった具合である。この性質がある以上、「えっ、男の子を好きになるんけ?」と聞かれても、私は「少なくとも、過去に女性以外を好きになったことはない。しかし未来のことは分からない」と答えるより他にないのだ。私のこの返答は母の混乱を長引かせることとなった。

2016年7月11日月曜日

成人に際して

成人した。今後は責任ある大人としての自覚を持って生きていきたい(*1)。

ここまでが本題で、以下は全て余談である。
2015年の駒場祭は多忙だった。サークルの企画で多くの仕事を任されていたからだ。そんな中でも、合間を縫って他の展示を見る時間を作り出すことができた。そこで私が向かった展示の一つが「駒場ビラ博」であった。
「駒場ビラ博」はビラ研究会というサークルが収集・研究したビラを解説(*2)と共に展示するという企画である。古い学生運動のビラなどは特徴的な字体・雰囲気を備えており面白いと感じていたため、この企画は前から気になっていたのだった。目論見通り古い学生運動のビラが展示されていたが、展示の中に私の度肝を抜いたビラがあった。トレンド研究会のビラだった。
トレンド研究会はかつて存在した東大のサークルで、新興宗教団体(テロ組織と言った方がよいかもしれない)の息がかかった組織であった。そのトレンド研究会は、1992年の駒場祭で教祖を呼んで講演会を開いたと聞いていた。しかしそのビラがまさか今も保管されているとは思わなかった。私が見たのは、保管されていたビラのコピーだった。そこには教祖の顔が描かれていた。
その後、ビラを展示していたサークルの方と会う機会があった。話してみると、PCの中にビラのスキャンデータを保有しているという。それを聞いた私は、データを送ってもらうよう頼んでそのスキャンデータを得ることに成功した。なぜそんなことを頼んだのか。ある友達の誕生日プレゼントとしてこれを贈るという企みを思いついたのだ。
彼とは中学校時代からの友人である。同じ教室で学んできた同学の志であり、「こころ」に出てくるセリフを暗記して「先生とK」ごっこをしたり、漢文でメールを送り合ったり、発表の際黒板に力強く板書していかに隣の教室に迷惑をかけられるか競い合ったりするほどの仲であった。長い付き合いなので彼の趣味もそれなりに把握しているつもりだ。まず、彼は戦国時代に造詣が深い。また、甘い物をこよなく愛している。さらに、女子大に入って喜ぶことも彼の楽しみである(*3)。そんな彼は、新興宗教をおもちゃにすることも好きであった。
宗教的なプレゼントはオリジナリティーがあって面白いだろう、そう私は考えた。特にビラは適している。印刷するだけでよいから、教祖の血などと違って格段に手に入りやすい。部屋に置いていても毒性は特にないため、VXガスや炭疽菌の培養地などと違って取り扱いが容易である。白装束をもらってもなかなか着ようという気にはなれないだろうが、ビラなら壁に飾ってポスターにすることができ、実用性も高い。実際、かつての彼の部屋にはアイドルのポスターが貼られており、気に入った人物のポスターを貼る習慣があることが推測できた。

そうと決まればやるべきことは印刷である。私のプリンターは壊れていたため、東大で印刷することにした。PCを立ち上げ、データを読み込み、プリント設定を確認し、プリンターのある部屋へ向かう。だが、印刷を注文する手前で、設定がモノクロになっていることが分かった。私はカラーで出したかったのだ。危うく10円損するところだった。PCの前に戻り、カラー設定になっていることを確かめてから、印刷室に再び行く。しかし、なおモノクロになったままだった。困った。そのままシステム相談員の人にどうすべきか伺ったところ、PCを見せてくれということになった。私は了承した。
ところが足を踏み出したその刹那、一つの事実に気がついた。このままPCのスリープを解除すると、画面に大々的に教祖の顔が表示されてしまう。この宗教が大好きなのは、私ではなく友人であるのに!画像を縮小する時間を稼ぐ方法はないだろうか。私は頭を素早く回転させながらPCの元へと歩いていった。しかし自然な言い訳は思いつかない。平成を装いつつスリープを解除し、大々的に教祖の顔をシステム相談員の方の眼前に示した。
果たして相談員の方は顔色一つ変えなかった。淡々と自分の仕事を済ませ、無口に持ち場へ戻っていってしまった。私は、なるほどこういうことは日常茶飯事なのだろうと納得した。プリンターが音を立て、教祖の顔が熱を帯びて印刷されて出てきた。カラー印刷には50円かかった。

友人はついこの前成人した。私は誕生日プレゼントを渡そうと思ったが、私の誕生日に会おう(*4)ということになった。私は、自分の誕生日に他人へ誕生日プレゼントを渡す羽目になった。彼には、予め「50円(*5)かけて得たプレゼント」と伝えておいたので、ほとんど期待をしていなかったはずだ。50円の割に大喜びしてくれたので、この企ては成功したといってよいだろう。


(*1)自覚は持ちたいが、できることなら責任は持ちたくない。「責任がある」という自覚があっても、責任を全うするとは限らないのである。本題部分は短いが、この短い文から私の繊細な心情を読み取ってほしい。
(*2)ふと思ったが、「解説」と「解脱」は似ている。
(*3)「女子大に入ることが楽しいのではない。女子大に入ってその非日常さにexcitedすることが楽しいのだ」とは彼の談である。
(*4)私は、結局成人するまで「不飲酒戒」を破らなかった。酒を飲むのはなんとなく怖いと思ったので、この友人と酒を飲むことにした。従って、会うのは私の誕生日である必要があった。
(*5)誕生日プレゼントはあげないか、あげても自作の問題などで10円程度しかかかっていないことが多かった。50円はお金をかけた方だろう。

2016年7月8日金曜日

如才の弁明(2)

前回の記事の続きである。「変人説」の根拠が果たして正当なのかどうか、順に検討していこう。今回は後半1/3ダースを扱う。


5. カラオケに行くとシューベルトの「魔王(Erlkönig)」を歌う(*1)。
私は最新の流行曲を知らないため、どうしても古い曲に偏ってしまいがちである。それにしたって「魔王」は古すぎだと思われるかもしれないが、「魔王」を選ぶのは「中学で学習するため多くの人が知っているだろう」との判断に基づいてのことである。歌詞もドイツ語で書かれているため、日本語(かせいぜい英語)の曲ばかりに偏りがちなカラオケに変化をもたせることもできる。このようにカラオケに好適な要素を備えた「魔王」が、なぜあまり人気でないのか私は不思議でならない。
曲自身の知名度は十分だと思われるが、カラオケに入っていると知られていないのかもしれない。あるいは人が死ぬ曲だからだろうか。もう少し人気が出れば「語り手・魔王・父・子」をそれぞれ別人が演じるという遊びも可能になる。普及に努めたいところだ。
なお、私はイタリア語選択のため、ドイツ語は解さない。先月ドイツ語の参考書を購入し、現在は鋭意背表紙を眺めているところである。ゲーテの詩の和訳は覚えた。

6. 一週間ほど京大生のふりをしてこっそり京大の授業に出席していた。
私は自由人であると思う。少なくともそうありたい(*2)。
さて、ご存知の通り京大は自由の学風で知られている。自由人たる私が、自由に憧れるのはある種の必然であろう。かくして私は京大を好きになった(*3)。
京大が好きなら、そこの授業を受けてみたいと思うのは自然な心理である。好きなアーティストがいれば、そのライブを見たくなるのと同じことだ(多分)。調べてみると、京大には教養教育の段階から「京都大学の歴史」「霊長類学」など独自の講義が開講されているようだ。一度受けてみたいと強く思った。
2015年入学の東大生は、2年前期の後半にかなり受ける授業が少なくなる(四学期制という妙な改革の結果だ)。このことから、京大の授業を受けるのに最適なのはこの2年の6月だと判断した。6月ならば、東大の授業を丸々一週間休んでも影響がかなり小さく抑えられる。2015年度入学者用のシステムは非常に不評だったようですぐに変えられてしまったが、京大の授業を受けたがる私のような学生にとっては非常に好都合だったわけだ。むしろどうして他の東大生が同様のことをして視野を広めないのか分からないくらいだが、あまり公に勧められた行為ではないため徹底した隠密行動をとっているのかもしれない。私だけ無用心にネットの世界に書いてしまって、とんだ間抜けである。自らのネットリテラシー向上に努めたい。
ともかく、私はこの千載一遇のチャンスを活かそうと、つてを頼って京大生に擬態していたわけだ。チャンスがあれば活かすのは人生の基本だろう。6月初頭にテストを終えた私は東京を出発し、一週間ほど滞在して帰った。知るカフェやカラオケの学割などでは学生証を示す必要があり、店員によっては驚きと困惑をもって私を迎えたが、ここに説明したような事情を知ればきっと納得してくれたに違いない。

7. スタバに行くときはビーカーを持ち込み、それにラテなどを入れてもらう。
下宿にビーカーがあるのは容量を量ることが可能な耐熱容器として便利なためである(*4)。スタバでは容器を持っていくと容器代を割り引いてくれる制度がある。下宿にある耐熱容器で最も液体物を入れて飲むのに適したものがビーカーだったため、それを使った。
折角ビーカーを使うのだからと、ラテをかき混ぜるのには薬さじ(*5)を使った。これはビーカーの醸し出す化学的な雰囲気を大切にする姿勢の表れである。
 化学的な雰囲気を大切にするあまり、一度白衣で入店してしまったこともあった。しかしこれは「白衣はスタバに入店する上で不適当」という知識が欠けていたためのこと、すなわち無知ゆえの誤りである。したがって、不適当との指摘を受けてからは実行していない。これも一応述べておくが、「無知ゆえの誤りを犯す」と「変人だ」は異なる概念である(*6)。例えば、日本の習俗を十分に知らなかったがために土足で部屋に上がってしまった外国人がいたとして、「あいつは変人だ。普通の人は土足で部屋に上がらない。」とはならないだろう。これと同じことである。

8. 教室に枕を持ってきて寝ている。寝袋で寝ていた日もあった。 
授業前の睡眠がパフォーマンスを向上するためである。とりわけALESSなどの授業が課す多量の課題は良質な睡眠の妨げとなるため、そのままでは十分な能力を発揮することができない。従って家に加えキャンパスでも眠ることが自然に要請されてくるわけである。独自の調査の結果、枕の使用は睡眠をより快適にし、起床後のすっきり感を増すことが判明している。
寝袋で寝ていたのは、徹夜明けでより熟睡が求められる日のことだった。夜通し課題を行った後に生じる睡眠欲求が、遅刻や欠席の原因となりうることは論を俟たない。それを思えば、欠席予防のため授業が行われる場所で眠ろう、と考えるのは合理的な発想といえる。私が眠っていたのは小さい教室であり、最低でも出席を取るときには教員が気づくはずだからだ。
普段のように机に突っ伏すのではなく、わざわざ寝袋を持参したのは、一日一度は横になって眠らなければパフォーマンスが非常に低下すると推測されたためだ。これは飛行機に乗ったときや寝落ちしてしまったときの経験を類推したものである。よりよい睡眠を確保するため努力を重ねるのは、勉学に努めることと同じ話であり、学生として当然のことである。
この眠りへのたゆまぬ努力の結果、授業中私は非常に集中している。極めて集中しているため授業中にTwitterをしてしまうほどだ。目をつむっていても先生の話が聞こえたことさえある(*7)。

このように、私の一見奇妙な行動は実は全く奇妙なものではなく、簡単な原理に従って行動しているだけのことだと分かって頂けただろう。ここまで読んでくださった方々は、私は生粋の常人であって(*8)決して変人でないと確信されているはずだ。これほど徹底的に論破してもまだ私が常人だと信じないならば、寧ろそれはあなたの方がひねくれた変人だという証拠である(*9)。
 人の行動は断片的にしか見えない以上、全体像は推測するしかない。誤解が生まれる素地というのはそこにある。今回の記事が皆様の誤解を晴らし、私という人間を正しく理解することにつながれば幸いである。


(*1)他によく選ぶ曲に「Dolly Song」「La Bamba」「信濃の国」「ラジオ体操第二」「さなだむし」などがある。曲を知らなくても楽しめる/有名である/変化がつけられる などの基準で、私の知っている数少ない曲の中からカラオケ向きだと判断したものである。機種にもよるが、すべてカラオケに入っている。参考になれば嬉しい。
(*2)無論、「自由人」と「変人」も異なる概念である。自由人であるためには、変なことをする必要はない。要は心の欲する所に従えども平凡の範囲を踰(こ)えない、ということだ。この記事を読めばわかるように、私はこれに当てはまっている。
(*3)京大が好きなのにどうして東大にいるのか、と聞かれたこともある。この辺りの事情は過去の記事(ここここ)に詳しい。
(*4)例えば、ビーカーに出汁入りみそを入れ、それに適量の水や具材を入れそのままレンジでチンすれば簡易の味噌汁ができる。あるいは、ホットココアを作るときも、牛乳の量をビーカーで量り、粉を入れチンしてそのまま飲む。このように、ビーカーの「量れて」「加熱してよい」という特長はなかなか便利である。
(*5)薬さじはNaClやスクロース(私は料理用の塩や砂糖の容器にこう書かれたラベルを貼っている. 薬さじに対応するものだからだ)などをすくい取るのに使っている。
(*6)変人が変人であるためには、常識の枠組みを認識した上でそこからはみださねばならないと考えられる。強調しておくが、これができていない点で私は常人と言わざるを得ない。
(*7)この段階を保ち続けると、いずれ教員の声も聞き取れなくなってしまう。集中の結果「心頭滅却すれば火もまた涼し」とでもいうべき悟りの域に達しているものと推測されるが、この状態に関する記憶はなく証明できない。実に不運なことである。
(*8)自由人として認識してもらっても構わない。
(*9)あなたの主張を仮に受け入れ、私が変人だと仮定してみよう。しかし、私はあなたと異なり、記事中で述べられている説明を虚心坦懐に受け入れている素直な人間である。よって、その分私はあなたより変人さやひねくれ度合いで劣るということになる。

2016年7月7日木曜日

如才の弁明(1)

私が変人であると主張する者がいる。実際、先日ある東大の友人と話をしたが、彼がその一人だった。

このような見解を前にして、一度「私よりも明らかに変な者がいるではないか。例えば、最新号の某キャンパスマガジンにはこれこれこういう記事があり、このような奇行をする東大生がいることが分かる。」と述べたことがあった。しかし、この方法による反論は有効ではないことがわかっている。「確かに君が彼らより変でないことは認めるが、彼らは大学全体でもトップクラスに変な集まりである。君が変であることに変わりはない」という具合に返されるのである。更には、「持っている変人基準までもが変」ということにされ、逆に私が変人であるという主張の根拠にされてしまう。
これならまだましな方で、変人の例として様々な友人を持ち出した暁には「類は友を呼ぶ」「朱に交われば赤くなる」と言わんばかりに「そのような変人ばかりの交友関係を持っているという事実が、君の変人さを示唆するものである」といった主張をされる始末である。大学生にもなると子供だましの詭弁は通用しないのだ。(ここで私が用いた詭弁は「論理のすりかえ」に分類される。) 

そこで、ここでは私が変人であるという主張に真正面から異議を唱えることにする。私が変人だというのは全くの誤解である。私はそんな優れた、あるいは特殊な者ではない。私はもっと平凡でありふれた存在だ。このことを分かっていただくため(*1)、自らの行動を弁明する記事の執筆を決意した次第である。
これから、私の「変人説」の根拠として代表的なもの2/3ダース(*2)を挙げ、その行動の背景を説明していく。この記事は前編として前半の4つ(つまり1/3ダース)を扱うこととする。なお、私のことを既に常人だとお考えの多くの一般的な方にとって、この記事を読むのは時間の無駄であることを断っておく(*3)。


1. 日本語で挨拶しない日がある。
単に、その日は日本語に飽きているだけである。飽きてはいても日本語くらいしかまともにしゃべれないため、挨拶以外は渋々ほぼ日本語で話している。もっと他の言語が上達したならば、この習慣を推し進めて気まぐれで話す言語を変えるつもりだ。
速やかに返事をしなければ不自然になってしまう会話と異なり、書き言葉なら考える時間がとれる。ゆえに、ネットを介してメッセージを送り合う際は英語・漢文・古文・モールス信号などでコミュニケーションを行うことも多い。しかしこれができる相手が限られてしまうのは残念である。大抵の場合異言語の導入を突発的に行ってしまうため、突然の出来事に戸惑いを覚えるのだろうか。相手によっては、異言語を徐々に織り交ぜていくよう心がけたい。

2. しばしば、数式がデザインされたTシャツを着ている。
数式は簡潔な表記の中に多くの意味が込められていてCOOLだと思う。或る人には「お前よくそれで渋谷歩けるな」とまで言われたが、もし客観的に見てCOOLでないならそれは私のファッションセンスが悪いだけである。一応述べておくが、無論「ファッションセンスがない」と「変人である」は異なる概念である。

3. ある日の自己紹介で「人間という生き物を19年間やらせていただいております」と述べた。
一見自明だが、自分でも時々不安になることだ。自己紹介で述べる全ての前提になるだけに、誤解の余地がないよう念には念を入れてはっきり自分の見解を表明しておいた。

4. 「東京大学キムワイプ卓球会」というサークルに入っている。
このサークルは「理系に広く知られているキムワイプ(*4)で卓球を行うことで、分野を越えた人材の交流を図る」という理念のもと設立された、大変まともなサークルである。要はサークル活動を通して人脈作りを行っているのであり、「意識が高い」と言われる理由はあっても「変人」と言われる理由はない。よって、所属サークルをもって私を変人とする指摘は全く的外れである。

いかがだっただろうか。後編では更に強力な説明を行うつもりであり、期待していてほしい。(続く)


(*1)今までこの手の私の主張を人に理解されたためしがないが、それは私の話が下手だったからと推測される。内容としては全く難しくない話であるため、記事にすれば他人にも容易に理解されることだろうと考えている。
(*2)思い出せたのが2/3ダースだっただけで、この2/3という数に意味はない。根拠はまだあるかもしれないが、大意に影響はないだろう。仮に全く変なところがない人がいたとして、その方が変ではないか。だから今回の私の説明に納得できない部分が多少あったところで、私は変人だということにならない。それでも何か意見があるようなら、コメントで受け付けるつもりだ。
(*3)せっかく記事を書いてもここで読者の大半を失ってしまうことになるのは不本意だが、致し方ない。この文は後で付け足したものだが、「あまりにも読者層を絞ってしまった。もっと読者を選ばないテーマで書くべきだった」と後悔している。
(*4)キムワイプとは、ビーカー等実験用具を拭くときに使われる紙の製品である。キムワイプは何かを拭く性能に優れており、家庭にも備えておくよう勧めておく。いうまでもなく、鑑賞用としても有用である。

2016年6月25日土曜日

合格体験記

2015年春、高校から要請され合格体験記を執筆した。長くなるが、以下にその全文を掲載する。

<引用始め>

Un saggio del mio studio

「学而時習之、不亦説乎。」is an ancient Chinese thinker, Koshi’s saying. As a student who passed the exam, I realized this saying was really true. Well, I’ll explain it later. Firstly let me tell you about University of Tokyo (called UT) itself and my recent life.
UT is unique in that it has a system in which you can choose your faculty later. Until then, students belong to College of Arts and Sciences and can study various things. There are also various forms of lectures: ones with fewer students, fieldworks, ones with different professors at different weeks, and ones of flip-teaching style. They are so exciting that I wish I had more bodies. It’s too hard to decide which lecture to take! Here you can study until you get insane (Don’t worry; there are psychiatrists on campus, too).
I’ve told you how wonderful UT is. In fact, however, the reason why I applied for UT is very vague and complex. While UT has larger budget, I was attracted by the spirit of freedom of Kyoto University (KU) too. My feelings toward those two universities changed day by day. I couldn’t decide even after the National Center Test. Then I decided to play my last card and carry out the advice my teacher gave: throwing a dice. I had no dices, so I used playing cards instead. The result was 2, a prime number, which meant KU. I declared that I would apply for KU. But I was lectured by my parents. I hesitated and slept on it. You know, my feelings changed day by day; my feelings actually changed the next day. The closing date was near at hand. And thus I’m here now. I don’t know, and I can’t know, if I made a right decision. Even so I don’t regret. You must decide even when you can’t decide. Then you might as well throw a dice ― whether you will follow it or not.
You are probably more interested in how I studied. The important thing is that before lessons I prepared for them and after lessons I revised them. This way of studying is too ordinary to remark, you might be thinking. But I suppose you know the difficulty to memorize things to be memorized. You should do ‘the important thing’ to create ‘links’ among the things you learnt. For example, when you encounter a word you have seen in your vocabulary book while preparing for a lesson of classics, you should look it up with your book again. This creates a link between the text you are studying and the sentence you have seen. The link enables you not only to memorize the word easily but also to understand the text fully. (I even read my notebook of modern society to learn about the procedures when I encountered an English word ‘referendum’, or I re-looked up a word ‘Rhizobia’ when I learnt the function of clovers in mixed farming. Note that links exist beyond the boundaries of subjects.) I believe a person with a lot of links can think things flexibly. You should try aggressively to find problems to solve interesting. It will surely stimulate your intellect. In this way you can understand the importance of revision: preparation is just a variety of revision. I always did my revision throughout my high school life. I could keep it because I loved classes. Revision was effective to make the most of them. Koshi was right.
Next, I’d like you to keep in mind this Greek saying while studying: “Σπεῦδε βραδέως ("Festīnā lentē" in Latin).” You may feel you can’t stop studying while you are revising, for it has no end. Then remember this word. Not studying is as important as studying. You need to take rest. In my case, I slept for 7.5 hours on average even in winter, and enough sleep helped me to concentrate on my studying. The quality of your study is affected by the quality of the time you’re not studying.
My study consisted of some more things. I did various things in my high-school life: club activities, the speech on Interpeople-day, experiences at Spring-8, taking part in debate matches and so on. Everyday life was full of conversation of intelligence (like “I’m very thirsty. Give me a liter of water!” “Oh, you are such concentrated sulfuric acid!”). All of the experiences I had were helpful in the exam, I believe. You may be using what you learnt when you solve problems. But broad your horizons and play with your knowledge. There are a lot of opportunities for your knowledge to play an active part outside the classroom or your study room. Don’t miss them.
「学而不思則罔、思而不学則殆」is also Koshi’s word. Learn from your teacher and your books effectively. Think by yourself, and play with your knowledge. That’s just what I did, what I wanted to tell you the most in this long essay.
<引用終わり>

[解説] 始めに断っておくが、これはあくまで4月当時の私の感想である。例えば、今はもうUTがexcitingとは感じていない。だが確かに体はもっと欲しい(もちろん、堕落する時間を作るために)。'study until you get insane' は正しいが, can ではなく made to とか forced to とかいった印象だ。 'Even so I don’t regret' と言っておきながら、私はこの文章を書いた数週間後にはもうregretし始めていた。ALESSのせいである。

私の合格体験記は英語で書かれているが、問題なく掲載された。伊達に母校は自由の校風を掲げていないようだ。チェックも行われず素通りしたらしく、文法・語法的ミスもあるかと思われる。発見次第教えていただきたい。チェックがないのであればタイトルを「次の文章を読んで、以下の問いに答えよ。」として、傍線と問題をつけておくべきであった。これも私がregretするところである。不掲載を恐れ守りの姿勢に入りすぎたと反省している。
タイトルはイタリア語にしてみた。これはイタリア語選択であることを示唆する役割がある。また、英語の文章の中に引用として漢文や古代ギリシャ語が突然入ってくる構成になっている。これは古典を大切にする温故知新の姿勢を示すものである。さすがに古代ギリシャ語は全く意味がわからないであろうと思ってΣπεῦδε βραδέωςにはラテン語訳もつけておいた。何もラテン語を読めと言っているのではなく、検索して意味を調べて欲しいとの考えだ。ギリシャ文字はなかなかタイプできないが、ラテン語ならアルファベットなので(記号さえ無視すれば)タイプできるというわけである。少し読み取りにくかったかもしれないが、実は「後輩たちには、自分で調べることを大切にする心構えを持って欲しい」という愛情溢れる思いがこのカッコ書きの背景にあったのだ。
そもそも英語で書かれてあること自体を疑問に思う向きもあるかもしれない。しかしこれにもきちんとした理由がある。まず、私の文章を読む人を減らすことができる。現に進路指導部すら私の文章を読んでいない。これにより 'Not studying is as important as studying' といった反体制的な主張をしてもばれにくくなる。もし日本語で書いていたら体制側から検閲が入っていたかもしれない。英語は表現の自由が侵されないよう守ってくれているのである。もう1つの理由は、この文章自体が 'play with your knowledge' の精神(*1)から生まれたということである。つまり、私はこの文章の内容のみならず形式も使って読者にメッセージを送っているのだ。この意味で、内容と形式の両輪がこの合格体験記の根幹を成していると言える(*2)。この2つを考え合わせると、もはや日本語で書くという発想の方がありえないくらいだ。

この合格体験記に日本語が使われていないのは、単なるいたずらと誤解されがちだ。しかし以上にみたように、そこには深いわけがあったのである。


(*1)この精神はサークル選びにも多大な影響を及ぼしている。東大キムワイプ卓球会が提唱する「サイエンティフィック・スポーツ」の概念は、まさにこれだと認識している。
(*2)4月、大学に入学した私はクラスメイトに示すための自己紹介ペーパーを書いた。そこに趣味の欄があったので、私は「文字を大きく書くこと」ととりわけ大きな字で書いた。この文字の大きさは、私が文字を大きく書くのを好むと示すばかりでなく、枠にはまりたくないという私の考えを暗喩的に示すものである。これが本文での議論に似ていることに気がついた。自己紹介文の文字の大きさと合格体験記の言語はいずれも形式も含めて内容を伝える、「内容を持った形式」だといえよう。

2016年5月25日水曜日

将来的に飯テロは猥褻性を帯びることになる

一般に、我々は性的な何かを見ると性的興奮とともに羞恥を覚える。ここでは、人の欲求と直結した羞恥を与える性質のことを猥褻性として定義する。

さて、我々は衣服によって性器を隠しているため、通常の社会生活は性と隔離されている。この非性的なものを基調とする社会の中で突如性的な何かが現れた場合、人は性的欲求を掻き立てられることになる。性的欲求は人間の生理的欲求の1つであり、それはあまりに根源的な欲求であるため、理性的判断を狂わせかねないものである。ところが、性欲が一時的衝動であるのに対し、それがもたらす結果は極めて重大である。我々の社会では子供の養育に対する責任が発生するため、一時の欲求が一生を左右することになりかねない。こうしたことが社会のあちこちで起これば社会秩序も崩壊するだろう。
その一方、我々は性的な何かを目にした時、欲求の裏で羞恥を覚えその何かから目を背けようとする。その結果、制御されない性欲に身を委ねてしまうことは起こりにくくなり、我々の安寧は守られる。かくして、羞恥は人生を破滅させる流れを断ち切ろうとしてくれるのだ。以上の議論から、猥褻性が人にとって重要な役割を果たしていることがわかるだろう。 

しかし思い出して欲しい。我々は制御されない欲求に身を任せてしまうことが往々にしてあるではないか。その舞台は深夜だ。
飯テロと呼ばれる行為がある。Twitter等のSNSに高カロリーの食べ物の画像を投稿したり、テレビ番組で美味しそうな食べ物を放映したりして、見る者の食欲をいたずらに掻き立てる行為のことを指す。 現在、飯テロは法による取り締まりを受けていない。しかし前述の性における例と同様に考えていけば、この飯テロと呼ばれる行為がいずれ猥褻性を帯び猥褻物陳列罪の適用対象となることは明らかである。 順を追って見ていこう。
まず、SNSやTVは当然食べ物ではない。従って本来これらの利用は食と隔離されているものだ。この非食的なものを基調とする社会の中で高カロリーな何かが現れた場合、人は食欲を掻き立てられることになる。食欲は人間の生理的欲求の1つであり、それはあまりに根源的な欲求であるため、理性的判断を狂わせかねないものである。ところが、食欲が一時的衝動であるのに対し、それがもたらす結果は極めて重大である。我々の社会では自己の容姿に対する責任が発生するため、贅肉が一生を左右することになりかねない。贅肉があまりにつき過ぎるとメタボリックシンドロームになり死亡率も高まる。こうした死亡が社会のあちこちで起これば社会秩序も崩壊するだろう。
メタボリックシンドロームは現代になって初めて出現した病であり、我々はまだそれに適応できていない。しかしいずれ適応できるよう進化するはずだ。ここまで展開してきた食に対する推論が性に対する推論と同様であることから容易に分かるように、そのとき我々人類が持ち出す防衛策とは食欲と羞恥を結びつけること、すなわち食に猥褻性を付与することである。現に食と性は現在でも結びつきがあるではないか。
進化した我々は高カロリーな何かを深夜に目にした時、欲求の裏で羞恥を覚えその何かから目を背けようとする。その結果、制御されない食欲に身を委ねてしまうことは起こりにくくなり、我々の安寧は守られる。かくして、羞恥は人生を破滅させる流れを断ち切ろうとしてくれるのだ。以上の議論から、猥褻性は今後の人類にとってますます重要な役割を果たしていくことがわかるだろう。

いずれ飯テロが法的規制を受けることは明白であるから、今のうちに飯テロを行う自由を謳歌すべきである。我々は第二の春画を生み出す時代にあるのだ。現代の食の表現が、タブー芸術として後世高く評価されるかもしれない。

2016年4月4日月曜日

tactfullyの物語

それは第2回定期考査が終わったころだろうか、あるいはテスト勉強の最中だったろうか。高1の夏。私は1人の友人と学校の図書室の前にいた。我々は我々なりの「遊び」をして時間を過ごしていた。
手に持っていたのは「英検pass単熟語 準1級」。英単語を言って、日本語の意味を答えさせる。出題側と解答側を交代で繰り返し、英単語を学ぶ。そんな単純なゲームだった。
その遊びの中で、1つの単語が私に向けて出題された。

- tactfully -
日本語の意味は「如才なく」。

記憶が曖昧なのだが、確か私はこの出題に正解でき、友人を驚かせた気がする。おそらくこの単語が記憶の片隅にあったのだろう。なにせ日本語の意味が「如才なく」なのだ。「如才なく」と言われても多くの高校生にはよくわからないだろうし、こんな単語を英単語帳で見たことがあれば印象に残っていてもおかしくない。
しかしいずれにせよ、当時我々は「如才ない」というこの日本語の意味をよく知らなかった。これが「いい加減でなく、気が利いている」「抜け目がない」といった意味だと判明したのは、この出題をきっかけに調べてみたときのことだ。それ以来、'tactful'や「如才ない」といった言葉を用いて人物を形容するのが、我々のコミュニティーの中で一種の流行となった。我々は「如才ない」という言葉が使われた文章を発見しては喜んだ。(※)

私はtactfullyという英単語が好きだ。英単語の中で最も好きだ。この英単語の意味であるところの日本語「如才なく」を、私は英単語帳の中で初めてみたのだ。これは本当に素敵な体験だと思わないだろうか。
私は英語を勉強していたはずが、日本語を学んだのである。英語の勉強が、日本語の知識を与える。まるで勉学に境界などないという本質を示唆するかのようだ。英語を勉強しなければ、私はこの日本語を今日に至るまで知らなかったかもしれない。なんと奇妙で、味わい深いことか。そんな体験を与えてくれた英単語はtactfully以外にない。

tactfully, それは青春の1ページ。それは私の逆説コレクション。私にとってtactfullyは特別な単語なのである。


※)「発見しては」という表現をしたが、これには語弊がある。なぜならそんなことは一回しかなかったからだ。