2020年4月30日木曜日

美人の受付嬢は苦手だ

昨日、Zoomで友達とおしゃべりをしていた。途中で就活の話になり、ある友人が「大学と違って企業には美人の受付嬢がいることに気付き、企業勤めが魅力的に感じられた」という 趣旨の発言をした。 私は当初その発言に対し曖昧な態度をとっていたのだが、その友人に同意を求められて自分の意見を表明せざるを得なくなってしまった。そこで「美人の受付嬢に苦手意識がある」という話をしたところ、「こじらせている」として物笑いの種になってしまった。
私は、自分が思春期をこじらせていることをはっきり自覚しているし、それをネタとして笑ってもらうこと自体は全く構わないと思っている。だが、私はその一方で自分の感覚をうまく表現できなかったことへの歯痒さも覚えた。そこで、今からこの記事で私が「美人の受付嬢」という概念に抱く微妙な感情について説明していきたいと思う。

私は、 ほんのついこの間まで、男女はもっと対等な存在であると信じていた。この対等というのは、恋愛についての話である。私の理想は 、二人の男女が互いに互いを対等な存在として認め合い、半ば友情に近い感情を抱きながら協力していくような関係だった。それは、例えば同じ年齢の幼馴染同士が意識し合い交際に発展するといったような物語だった。私にとってロマンスとは、対等な二人を意識させ引き合わせるための物語のことだった。しかし、この私の信念は、自分が実際に恋というものを体験するに従って、次第に危機に晒されていくこととなった。
私はプラトニック・ラブを信じていた。性欲を野蛮で低俗なものとして切り捨てつつ、恋を神聖視して生きていた。大学に入り、現代の日本では婚前交渉が一般的であることを知ったとき、そしてどうやら友人たちが実際に婚前交渉を行ったらしいと知ったとき、私は少なからずショックを受けた。だが、「彼女」を思慕する気持ちが頂点に達したとき、私の心の中に現れたのは性欲と恋心が渾然一体となった感情だったのだ。
ここに至り、私は性行動が恋愛と不可分であることを認めざるを得なかった。保健の授業で習った通り、男女の体のつくりの違いというのは基本的には生殖のためにあるものである。従って、生殖における男女の違いは、恋愛においても決して無視することはできないということになる。
生殖における男女の違い。それは明確だ。すなわち、女は産むが、男は産まないという事実である。

一般に、精子と比べれば卵子は作り出すのが大変である。オスが作る精子と比べ、 メスが作る卵子の数は極めて少ない。このことは雌雄の生殖コストに決定的な違いを生む。メスの負担が圧倒的に重いのだ。メスとしては数少ない卵子をつまらないオスに預けたくない。一方でオス側はとりあえず相手に生殖能力さえあればよいという判断になりがちで、色々なメス相手に自分の遺伝子をばら撒こうとする。その結果生じるのが、オスがメスに求愛し、メスがオスを選別するという構造だ。
人間の場合はどうなるか。社会的に一対一のつがいが基本とされているため選別構造は幾分緩和されるかもしれないが、メスが胎内に子を宿さねば繁殖が成立しない哺乳動物である以上、そこらのカエルなんかよりも事態は一層深刻だといってもいいだろう。 男は女と比べて簡単に異性に惹かれてしまう。これはマッチングアプリなんかをやれば容易に見て取れることである。男性の方が利用料金が高額であるにもかかわらず、女性が獲得する「いいね!」の数は男性のそれよりも明らかに多い。つまるところ、若い女は若い男よりもモテやすい。より露骨で、よりグロテスクな言い方をすれば、女の子宮はただそれだけで価値があるのだ。子宮の有無が、若い男女の"素"の性的魅力に大きな差を作っている。これは祖先から受け継がれてきた傾向であって、コンドームやピルといった避妊具が普及した程度のことで変わるものではない。だから、恋愛市場にはその非対称性を起源としたマクロな(*1)力学がはたらくのだ。
ここでいう力学とは一体何か。女性の体という「価値」を手に入れるためには、男は何らかの魅力を提供し競い合う必要があるということだ。それは優しさかもしれないし、あるいは知性かもしれない。だが、 ヒトにとって最もわかりやすい魅力とは社会的地位であり、そして金銭だ。シンデレラのストーリーを今一度思い起こしてみてほしい。シンデレラが結婚する王子様とは、すなわち社会的地位と金銭を持った人間のことだ。シンデレラも王子様も、互いの中身なんて見ていない。シンデレラは、美女がその性的魅力を差し出し、生来の金持ちと結婚するというだけの話に過ぎない。かくしてシンデレラの優れた容姿は金銭という即物的価値へと回収される。
シンデレラのストーリー展開には反吐が出る。私が希求するのは、もっと純な恋愛だ。しかし、選別構造が先鋭化すればするほど、物語というロマンスは解体され、動物的な雌雄の非対称性が剥き出しになって現れる。婚活市場を見よ。数多くの異性からより条件の良い人を選び取ろうとした結果、男は顔で相手をスクリーニングし、女は年収で相手をスクリーニングするわけだ。そしてその行き着く先とは、金銭と性的価値の交換 ーーすなわち売買春に他ならない。

さて、受付嬢の話に戻ろう。受付担当者は若い女性が多い。受付担当者の顔立ちを見ると、やはり整っている人が多いように思われる。それも中性的というより、女性的な魅力を感じさせる顔である。これはいわゆる「顔採用」が行われていることを示唆している。なるほど確かに美人の受付嬢は魅力的で、男性社員の士気を高め、会社の第一印象を明るいものにすることだろう。だが、それは「マクロな力学」を背景に、会社が金銭によって若い女性の性的魅力を買った結果だ。これはまさに売買春の相似形ではないだろうか。
私が欲しているのは、精神的繋がりを柱とするロマンスに満ちた恋である。売買春はその対極に位置するものといえよう。だから私は自分の恋の買春性を否定したい。たとえ他の人が無自覚な売買春に興じようとも、自分だけは恋愛を売買春化する波から逃れていたい。
街で女性を見かけて美人だと思い見惚れることと、受付嬢を見て美人だと思い見惚れることは全く違う。「美人の受付嬢」という概念は、私にとって「貨幣的価値に還元されゆく性的価値」の象徴である(*2)。一方で、私は美人の受付嬢を見ると魅力的だと思い、幾ばくのドキドキを覚えてしまう。その魅力は貨幣的価値に裏付けられたものだと反芻しても尚である。そのとき、私は己の信念に綻びがあるのを感じる。自分自身とて、売買春の波からの安全地帯では決してないのだ。
受付嬢の整った顔から向けられる視線は、私が夢見る恋からロマンスの皮を引き剥がし、私に売買春というリアリズムを突きつける。その視線が私の内面に作る感情は、私がリアリズムを否定することを許さない。ここに私の葛藤が生じる。

だから美人の受付嬢は苦手なのだ。


(*1)マクロというのは、「一人一人を見ると当てはまらない例もあるだろうが、全体の傾向として見ると」という具合のニュアンスである。
(*2)ルックスを売りにしたアイドルなども、「貨幣的価値に還元されゆく性的価値」の一形態といえそうだ。しかし、こちらはその消費性がより明示的な分、私にとっては受け入れやすい。

2020年4月28日火曜日

"今日の朝"

目が覚めた。今日の朝、何度も寝たり起きたりしながら奇妙な夢を見たのを覚えている。忘れないうちに書き留めておきたい。

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家の近くに電波塔があった。家の近くにはついでに駄菓子屋もあった。私は駄菓子屋を物色し、枕カバーを買うことに決めた。枕カバーはプロフ帳の1ページのようになっていた:
名前(漢字)
なまえ
顔写真
キャッチコピー
私は駄菓子屋でペンを使ってそれに記入していった。キャッチコピーは「質実剛健」と「徳治主義」で迷い、結局「徳治主義」にした。顔写真はその場で撮られた。そうして私は選挙に出ることになった。顔写真は勝手に野獣先輩とのコラ画像に加工され、それがポスターとして街のあちこちに貼られてしまった。

なんだこの夢は。とりあえずメモしておかねば。えーっと.......。

朝が来た。私は高校に行かなくてはならない。私は高校3年生だ。なんだか頭がふらふらするが、少々無理をしてでも行く。今日は漢字の小テストと英語の課題と数学の課題となんやかんやを出さなければならない。何もできていないが、行きのバスの中で取り組むことにする。気付けば高校に着いて小テストが始まっていた。小テストの問題は次のようなものだった:
空欄に当てはまる語句を選べ。(        )
ア. オ
イ. カ
ウ. キ
頭がうまく働かず、どれが答えなのか分からない。私は「オ」と記入した。試験が終わった後で、友達に「オ」はそもそも選択肢になかったことを指摘されて笑われた。くっ、小テスト連続満点の記録はここで途絶えてしまったか。それにしても体調が悪い。今日は早退することにする。こんなことなら初めから学校に来なければよかった。駅から自宅まで頑張って自転車を漕いだ。私の街はあちこちにダイソーがあるダイソーだらけのダイソー街だ。なんだか断層崖のように言ってしまったが、ともかくパッと思いつくだけで駅からの帰り道には少なくとも3軒のダイソーがある。そのうちの一つ、図書館の近くのダイソーに寄ってアルコール温度計を一本買った。帰ったらこれで体温を測ろう。

そういえば明日は私の修論発表の日であった。今日は修論発表会の1日目だ。自分のスライドはまだ白紙だし、そもそも発表できるような成果は何もない。あと1日でなんとかしないと。私は焦りを覚えつつ、とりあえず午前中は雪下の発表を聞くことにした。質疑応答の時間で誰か老人が手を挙げたと思ったら、おもむろに自著の宣伝をし始めた。私はうんざりして家に帰った。
とりあえずプレゼン資料を作らなくては。そう思うが、どうにもこうにもやる気が出ない。私は現実逃避してネットサーフィンをし始めた。

あれっ?今何時?

私は広い草原にいた。草原には20人くらいの人が輪をなしてぐるぐるぐるぐる回っている。私もそこに加わった。ぐるぐるぐるぐるぐるぐる回る。回っているうちに段々人数が減っていく。それに伴って輪はちょっとずつ小さくなり、回転はちょっとずつ加速していく。これが角運動量保存の法則というものだ。私はついに全力疾走し始めた。それでも前方に追いつかない。前の人との距離がどんどんどんどん開いていく。輪を作っているので私のせいで渋滞ができる。私はすっかり疲れてしまった。

選挙活動の一環として、女装対決(*1)をすることになった。相手は桝太一さんだ。そう、Zipでポンで有名な、かの桝太一アナである。高校の教室に行って着替えをしていたら、普通に女子が入ってきた。教室だと思っていた場所は、実は女子更衣室だったのだ。私は慌てて目を背け、体を液状化させて鍵穴を通り脱出した。そのとき小耳に挟んだ話によると、その女子のある友人は日本人の「花子」を自称しているのだが、それは偽名で、本名は「アシュリー」のハワイ人だということだった。
ともかく、私は外に出ることに成功した。夜空には満月が浮かんでいた。見惚れるような、澄んだ美しい星空だった。

明日は修論発表会だ。スライドはまだ白紙だ。いったん眠って、明日の朝から作り始めることにしよう。
そう思っていると、突然みりあから連絡が来た。東京に来たから泊めてくれという。私は、明日は修論発表会だからと言って断った。

忘れないうちに、ツイート......しておかないと......

気付くとみりあが家にいた。私は、「そうそう、今日の朝、質疑応答の時間に誰かが自分の本の宣伝をし始めたって出来事があって」と話し始めた。ふと、私の意識に「夢での出来事を書き留めておかなくては」という思いが上った。私は、「あれ、でもこれって夢の中の話なんやろか。それとも本当にあったことなんやろか」と言った。だが、修論発表会を明日に控え、自分が追い詰められているという状況は、なんだか現実のように思えてならない。私は言った。
「いや、これは現実やな。うん、本当にあった。ホンマホンマ」
みりあは一言、「草」とだけ答えた。
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私はついに目を覚ました。一瞬、何が現実で何が夢での出来事か分からなかったが、結局ほとんど全部が夢であったと結論づけた。私はTwitterアプリを起動し、夢での出来事を呟こうとしたが、すぐに到底140字には収まらないことを理解した。私はノートPCを開き、新しいブログの記事を書き始めたのであった。

(*1)寝る前にFF7をプレイしていたのが原因と思われる。

2020年4月24日金曜日

性格診断

この前、Webで性格診断をやってみた。質問に答えていくと自分の性格傾向を教えてくれるというサービスである。一人でやっても面白いが、ちょっと気になっている相手と一緒にやって相性を診断してもらうのも面白いだろう。全然気になっていない相手と相性を診断するのはつまらないだろう。

しかし、この診断結果であるが、どうも納得いかないところがある。例えば私は優柔不断で熟考しがちだとされているが、私の思考時間など宇宙の年齢と比べれば無視できるほど短い。また、合理性を重視するあまりやや無機質なところがあるとも言われたが、私は非常に感情豊かな感情人間であると自負している。実際試しに今日一日で自分の顔に出た感情の種類を数えてみたところ、「眠い」「右脇腹が痛い」「左脇腹が痛い」の三種類もあった。向いている職業の欄もいい加減そのものであって、「ITエンジニア」「図書館司書」「芸術家」などは言われるのに、いかにも適性がありそうな「ファッションモデル」や「チアガール」、「サンタクロース」になることを勧められたことは一度もない。

これらの問題点が示しているのは、現在ある性格診断が不十分なものだということである。こうした不満を解消すべく、私は数学書[1]、英単語帳[2]、梶井基次郎の小説[3]、医師国家試験の過去問[4]など様々な書物を参照し、独自の性格診断を編み出すことに成功した。以下に示すので、読者の皆様にも是非試してもらいたい。


(スタート)親しい友達と喧嘩した。どうする?
・自分から謝る。 →(1)へ
・向こうから謝ってくるのを待つ。 →(2)へ

(1) どんな旅行が好き?
・事前にしっかりと計画を立てた、効率的な旅。 →(3)へ
・その日の気分に任せた、気ままな旅。 →(4)へ

(2) 大勢でいるよりは一人でいる方がいい。
・はい →(3)へ
・いいえ →(5)へ

(3) 心配性だ。
・はい →(9)へ
・いいえ →(6)へ

(4) 休日の過ごし方は?
・インドア派 →(5)へ
・アウトドア派 →(8)へ

(5) 夏休みの宿題はどうしていた?
・余裕をもって終わらせた。 →(10)へ
・ギリギリになって慌ててやった。 →(7)へ

(6) ファミレスでスープを頼んだら小さな虫が入っていた。どうする?
・お金を払わずに退店する。 →(15)へ
・虫ごと飲み干す。 →(19)へ
・その場で逆立ちする。 →(12)へ

(7) 道端で知らない人が倒れている。どうする?
・隣で一緒に倒れてあげる。 →(14)へ
・止めを刺す。 →(16)へ

(8) パンはパンでも食べられないパンはな〜んだ?
・フライパン →(9)へ
・皇室典範 →(14)へ

(9) 自由と平等、どちらを重視する?
・自由 →(11)へ
・平等 →(16)へ

(10) எப்படி இருக்கிறீங்க?
・நல்லா இருக்கிறேன். →(22)へ
・எனக்கு அது புரியல. →(17)へ

(11) Which word is similar to rescind ?
・squint →(12)へ
・annul →(13)へ
・satirize →(21)へ

(12) 痩せ薬だよ。みんなやってるよ。お金はいらないから、 試してみなよ。
・一回だけなら....... →[タイプE]へ
・いらない! →(20)へ

(13) えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。
・焦躁と言おう →(17)へ
・嫌悪と言おう →(19)へ

(14) クリスマスデート当日!さて、どこへ行こう?
・山梨県南巨摩郡早川町 →(22)へ
・左下 →(15)へ

(15) EGFR遺伝子変異陽性、遠隔転移を有する進行肺腺癌に対する初回治療で、分子標的薬 (チロシンキナーゼ阻害薬)の副作用として頻度が高いものを述べよ。
・皮膚障害 →(20)へ
・1型糖尿病 →(18)へ
・ハイドロプレーニング現象 →(24)へ

(16) (x^2 +1)^(-2)をxについて0から∞まで積分したときの値を求めよ。
・π/4 →(23)へ
・π/√2 →(22)へ

(17) 人生の目的とは何か?
・愛 →(22)へ
・死 →(25)へ
・その他 →(18)へ

(18) 時間は守る方だ。
・はい →(21)へ
・いいえ →(24)へ

(19) 弊社は第一志望ですか?
・御社が第一志望です。 →(23)へ
・第一志望群です。 →[タイプF]へ

(20) 赤ちゃんはどこから来るの?
・サンタさんにお願いするともらえる →[タイプC]へ
・墓地 →[タイプD]へ

(21) 電光掲示板のどこが好き?
・光るところ →[タイプC]へ
・電光掲示板は別に好きではない →[タイプB]へ

(22) ホトトギスが鳴かない。どうする?
・鳴かぬなら 脳に電極 ホトトギス →[タイプA]へ
・鳴かぬなら 私が鳴こう ホトトギス →[タイプB]へ

(23) 子供に対してどう感じる?
・可愛い。微笑ましい。→[タイプC]へ
・苦手だ。小便を垂れ流すしか能が無いのに分を弁えない愚鈍なサル。 →[タイプD]へ

(24) ニューヨークと洗濯板、どっちが好き?
・ニューヨーク →[タイプB]へ
・洗濯板 →[タイプA]へ

(25) 自分がプロジェクトリーダーになるとすれば、どんな雰囲気のチームにする?
・管理主義 →[タイプA]へ
・放任主義 →[タイプD]へ


[タイプA]: 「サッカー選手」タイプ
あなたは瞬発力と大局観を兼ね備えたサッカー選手タイプです。フットワークがとても軽く、頑張ればフットワークを宙に浮かせることも可能なほどです。少なくとも水には浮くはずです。得意な職業として、サッカー選手、サッカーボール、作家、サッカリン製造業者などが挙げられます。
恋愛や結婚はどうにもうまくいきそうにありません。諦めた方が賢明でしょう。

[タイプB]: 「おから」タイプ
あなたはしっとりとした情緒を持ったおからタイプです。計画性がなくいつもふわふわしていますが、天然の魅力があって癒し効果は抜群です。得意な職業として、大豆農家、おから製造業者、ヒトカラの天才、アル中カラカラ、バカラ賭博の経営者などが挙げられます。
恋愛や結婚はどうにもうまくいきそうにありません。諦めた方が賢明でしょう。

[タイプC]: 「水玉模様」タイプ
あなたはポップで元気に溢れた水玉模様タイプです。体から溢れた元気で溺死しないよう気をつけてください。みずタイプなので、でんきはちょっと苦手です。雷に打たれたら高確率で死ぬでしょう。得意な職業として、壁紙、スクリーンセーバー、衣類、じゅうたんなどが挙げられます。
恋愛や結婚はどうにもうまくいきそうにありません。諦めた方が賢明でしょう。

[タイプD]:「連続性」タイプ
あなたはひとつながりであることを意味する連続性タイプです。今現にここにいる「わたし」が、自分の思っている「わたし」と同じであることを保証してくれるものは記憶の連続性くらいしかありません。また、実数の連続性は数学体系においてしばしば公理として採用されます。連続性はすべての土台であり、いわば縁の下の力持ちのような存在と言えるでしょう。ですが、得意な職業はこれといってありません。
恋愛や結婚はどうにもうまくいきそうにありません。諦めた方が賢明でしょう。

[タイプE]:「薬物依存症」タイプ
あなたには薬物をキッパリと断るための強い意志が欠けています。これでは真っ当な道を歩むなんて全くもって困難な話で、摘発されて逮捕されるのが関の山です。薬物は一回使っただけでも乱用です。あなたの心と体、大切な人生を守るためにも、きちんと断ることができるようになりましょう。
恋愛や結婚はどうにもうまくいきそうにありません。それについては諦めた方が賢明でしょうが、依存症の治療は諦めることなく根気よく続けていきましょう。

[タイプF]:「面接で馬鹿正直に答えて今後の活躍を祈られる人」タイプ
あなたは嘘がつけないタイプです。嘘の一つもつけないようではこの虚飾にまみれた現代社会を生き抜くことはできません。従ってどこにも就職できず、得意な職業を考えるという意味では論外と言っていいでしょう。これは嘘なのですが、嘘をつくと脳が活性化して若返るという研究成果も出ています。手始めに、嘘だらけのこのブログから嘘に慣れていくのはいかがでしょうか。私は嘘のつきすぎで何が嘘で何が現実なのかわからなくなってしまいました。ちなみにこれも嘘です。
とはいえ、あなたの愚直なまでの誠実さも恋愛や結婚においては案外美徳になるかもしれませんね。これが嘘になるか真になるかは、ひとえにあなた次第でしょう。

参考文献
[1]千葉逸人「これならわかる 工学部で学ぶ数学」. プレアデス出版, 2009.
[2]「英検1級 でる順パス単」. 旺文社, 2012.
[3]梶井基次郎「檸檬」(青空文庫).
[4]厚生労働省「第113回医師国家試験問題 A問題」(https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp190415-01a_01.pdf).

2020年3月25日水曜日

お花見

友達グループのメンバーで集まってお花見をすることになった。11時集合という話だったが、みんな寝坊してきたため実際には12時くらいから始まった。Eは用事があって3時間後くらいに来た。

A「穴子の蒲焼きが安かったから、おにぎりにしてきた」
B「おおー!」
C「すごい」
D「美味しそう」
私「EXCELLENT!」
A「それと崎陽軒のシウマイ。横浜市民はこれがないと」
B「この穴子のご飯はどうやって作ったんですか?」
A「お米に蒲焼のたれ、醤油、みりんを加えて蒲焼と一緒に炊いただけ。結構簡単だよ。最近炊飯器の使い方をやっと覚えて」
C「え?」
A「今までご飯はずっと鍋で炊いていたんだけど」
私「産業革命やん」
A「ホント革命」
B「去年鯛めしやたこめしも作られてましたよね」
A「鯛もタコも炊けばいいからね、簡単」
私「......」(「鯛も」が一瞬「大麻」に聞こえたけど、ここは黙っておこう。頭がおかしいと思われかねない)
B「私が買ってきたお寿司はユズが入っているんですけど、もし苦手な方がいらっしゃったら申し訳ないなって」
一同「いや」「大丈夫」
私「俺ユズ得意」
A「得意.....?」
C「すみません、お菓子しか持ってこなくて」(ポッキーを取り出す)
D「東急百貨店で唐揚げを買ってきました」
私「俺はまず枝豆を」
C「枝豆。緑が少なかったからいいかも」
私「それと、やっぱりお花見といったらテンションが上がる飲み物が欲しいよな、と思って。はいこれ、 栄養ドリンク」
D「栄養ドリンク......」
A「エナジードリンクじゃなくて、栄養ドリンクなの」
私「栄養ドリンクには栄養が入っているから。エナジードリンクには栄養がない」
B「栄養ドリンクもらっていいですか?」
私「どうぞ」
C「栄養ドリンクの香りが......」
A「匂いじゃなくて香りなのか」
私「豊潤でかぐわしい香りがね」
C「いや。人工的な甘さの香り」

かくしてご飯が出揃った(写真1)。
写真1 みんなで持ち寄ったご飯
しばらくご飯を食べていると、蜂のような虫が寄ってきた。みんながそれを見つめ、ひとときの沈黙が訪れた。
私「こいつ、場を支配しているな」
D「蜂のような見た目をしているけど、これよく見ると蜂ではない?」
C「ホントだ。羽の付き方が違う」
D「危険だと思わせて襲われないようにしているのかな」
私「なるほど」
D「人間にも有効かもね」
私「?」
D「人間も蜂が怖いから」
私「ああ、人間が蜂の格好をするのかと思った」
B(笑いながら)「話しかけられたくない日は、蜂の格好をしてブーンって言いながら走り回る......」
A「確かにそんな人に話しかけたくはないけども」

C「そういえば、コロナがあるから本当はこうして集まっちゃいけないらしいですね」
私「もし誰かに見つかったら、話しかけられないように蜂の格好して逃げるしかない」

B「あっ。如才さん、頭に桜の花びらがついてます」
私「え、どこ?んー、まあカワイイからいいか」
A「原宿のJKだ」
B「風流なJK」

B「お茶頂いていいですか」
D「はい」(注ぐ)
B「すみません、学士なのに修士のDさんに注いでもらって......」
私「学歴社会!」
A「世知辛い......」
D「研究室にドクターペッパーが好きな人がいて。その人は毎日ドクターペッパー飲んでたんだけど、あるとき先生に「お前はまだドクター取ってないんだから飲んじゃダメだ」と言われて飲むのやめたんだって。そうしたら購買の棚からドクターペッパーがなくなった」
私「需要を一人で賄っていたのか」
C「マスターペッパーなら飲めたのに」
B「バチェラーペッパー 、ハイスクールペッパー」
私「存在ペッパーとかね」
B「存在ペッパーは誰でも飲める」
A「......ただの「ペッパー」じゃダメなの?」

B「ポッキー食べていいですか」
C「どうぞどうぞ」
B「袋の裏に何か書いてある......。「薔薇は本数によって花言葉が異なり、108本だと「結婚してください」の意味となります」」
A「それ、花言葉......?」
C「108だと2で割り切れるから、縁起があんまり」
D「じゃあ107の方がいいのかな」
私「「最後の1本は......君だよ」ってね」
A「キザな」
D「それだとまた108本になってしまうから」
私「じゃあダメか......」

A(ポッキーの袋の裏を見ながら)「ロイヤルミルクティーは英語だと思われているけど、実は和製英語」
私「へぇへぇへぇへぇへぇへぇ」
C「懐かしい」
B「そもそもロイヤルミルクティーってなんなんでしょう。普通のミルクティーとは違う......?」
D「ロイヤルなミルクティーなのか、あるいはロイヤルミルクのティーなのか」
私「そうか、牛の中にも王族の牛がいて、そこから取れた牛乳はロイヤルミルク。あるいは、皇居で牛を放牧する。その牛から取れた牛乳がロイヤルミルク」
D「ということは、ミルクロイヤルティーもあるのか」
私「そうそう。 皇居で栽培した茶葉を使っているけど、 牛乳は普通」
A「茶葉にはこだわっているのに......!」
私「牛乳もロイヤルミルクにすれば、ロイヤルミルクロイヤルティーになる」
B「宮内庁に就職して牛を育てないと」
D「それで見つかって捕まってしまう、と」
C「「ロイヤルミルクティーを作ろうと思った」」
A「などと意味不明な供述をしており......」

私「皇居で育てればロイヤル〇〇になるけど、 キャンパスで育てればアカデミック〇〇になる」
B「そういえばAさんアカデミック梅酒作ってましたよね」
私「あれは美味しかった」
E「以前学部の建物の近くにアカデミックぶどうがなっているのを見つけたんですけど、いつの間にか刈り取られてしまっていました」
C「この前Bさんと一緒にアカデミックはっさくを食べました。酸っぱかったです」
私「これが、アカデミアの味......!」
E「回青(カイセイ)現象といって、ずっとなっているとまた実が青くなることがあるみたいです」
A「ああ、上の方にある実は取られずにずっと残ってるもんなあ」
私「落ちないのか」
E「もちろん落ちるのもあるんですけど」
私「落ちないアカデミアはっさく......これは受験生に売れる!」
B「カイセイだから頭良さそう」

C「如才さんキャンパスでゴーヤ育ててらしたんでしたっけ」
私「そうそう。でも全部当局に刈り取られた」
E「嘘でも看板立てておけばいいんじゃないですか?「生物実験に使うので抜かないでください」みたいな」
私「よし、じゃあ「計算機実験に使うので抜かないでください」、と .......」
A「嘘が下手!」

A「そろそろ解散しましょうか」
一同「じゃあ、また」「バイバイ」
私「おやすみー」
B「おやすみ......?」
A「早いよ」

唐揚げもお寿司も大きくて、お腹いっぱいになってしまった。実に楽しいお花見会だった。

2020年2月21日金曜日

人生の意味

[case 1]
私「幽霊のコアラしかいないコアラのマーチ ロッテ怖ラのマーチ」

[case 2]
私「えーっと......。大阪城に行くにはどっちに行けばいいんですかね」
Aさん「記憶が正しければこの道で合っているはず」
私「記憶……記憶って大事ですよね。記憶がないと自分が誰かも分からない。こうやって道を進むことによって、自分の記憶の正しさが次第に検証されていく。毎日とは記憶を確かめていく作業の積み重ねであって、その作業を通じて自分自身という存在もまた確かめられていく。そういう側面ってありますよね」

[case 3]
私「卵って殻さえ割らなければ10日間くらいは生で食えるからありがたいな 刺身も殻付きで売ってくれ」
帝華さん「条件を揃えるなら「生きたまま売ってくれ」では?」
私「その辺は大丈夫です おさかなさんはみんなの心の中で今も生き続けてるんで」

このように、私はしばしば意味不明な発言をすることがある。これらの発言にはほとんど意味がないのであるが、全く意味がないのではない。実は、このような無意味な発言の背後には私の人生観が隠れているのだ。
「私は何のために生きているのだろう?」「どうして宇宙は"ある"のだろう?」と考えたことはあるだろうか。かつての私はよく考えていた。そうして思索を巡らせているうちに見出した私なりの結論が、「私が生きるのは私が生きているからに他ならず、宇宙があるのは宇宙があるからに他ならない。私は何の意味もなく生きており、宇宙は何の理由もなく存在している」というものだった。
私の人生は本質的に無意味なのだが、その無意味さが意味することは絶望ではない。私が選んだのは、無意味さを嘆くことではなく、むしろ無意味さを人生の本質として肯定的に位置付け、無意味をこそ意味とすることだった。己の人生の無意味さを積極的に受け入れた上で、人生が無意味だからこそ日々を精一杯楽しく生きていこうという思想である。そして、そうした思想に基づいて生まれたのが上記のような発言だ。無意味な発言は私の人生のアナロジーである。これらの発言は無意味であるが、無意味な言葉を敢えて発することによって、無意味な発言の中に「実は人生のアナロジーになっている」という意味が生まれる。かくして無意味は意味へと転換する。これは無意味な人生に意味を見出すことに対応している。
一見意味がないようであるが、意味がないからこそ意味がある。いわばこれは「無用の用」ならぬ「無意味の意味」だ。ひょっとすると読者の方にとってはこの文章自体が意味不明だったかもしれないが、もしそうだったならこの文章には意味がある。その理屈はこの文章の中に書かれてある通りだ。この文章は、私の人生、私の目に映る世界全体の縮図と言っても過言ではない。そう、Kを自称する私にとっては、人生全体、そして宇宙全体が「無KのK」なのである。

2020年2月4日火曜日

「きのこの山」は山であってきのこでない

「きのこの山」という商品がある。クラッカーの先端に小さなチョコレートが付いたお菓子である。スーパーやコンビニなどで広く売られており、全国的な知名度も高い。
さて、「きのこの山」といえば、「たけのこの里」との確執がよく取り沙汰される。いわゆる、きのこたけのこ戦争だ。しかし、これは作られた争いに過ぎない。私には、真に問題とすべき事柄が他にあるように思えてならないのだ。
我々は幼少期から「きのこの山」を見て育ってきたため、「きのこの山」が「きのこの山」であることに疑いを挟む者はほとんどいないだろう。だが、私はこうした風潮に異議を唱えたい。

なぜ「きのこの山」は「きのこの山」であって「山のきのこ」ではないのだろうか?

「きのこの山」は、一見きのこを模した形状をしているように見える。だが、その商品名が伝えることは、「きのこの山」は山であってきのこではないという事実だ。カノッサの屈辱は屈辱であってカノッサでないし、時のオカリナはオカリナであって時ではない(*1)。ここで、明治の「きのこの山」公式サイトの説明をもう一度注意深く読んでもらいたい。そこには、「きのこの山」がきのこであるとは一言も書かれていない。「きのこの山」はあくまで山なのである(*2)。これは非常に直観に反している。
私は、この事態を明快に説明するための仮説を一つ考えた。「きのこの山」は、山は山でも火山なのではなかろうか。つまり、チョコレートの部分が人間に見えている「山」の部分で、クラッカーの部分はマグマだまりなのである。その証拠に、クラッカーがチョコレートの山の中にまで入り込んでいるではないか。チョコレートの形状を見るに、これはドーム状火山だろう。相当粘性の高い溶岩であったことが伺われる。爆発も激しかったに違いない。
環太平洋造山帯に位置する日本は、大小様々な火山を多く擁する火山大国であると言われている。火山は温泉や地熱発電といった恵みをもたらす一方で、しばしば噴火によって甚大な災害を引き起こす。古くから日本人は火山に畏敬の念を抱き、火山と共に暮らしてきた。都市を高度に発達させた現代の日本人にとって、もはや火山は身近な存在ではないかもしれない。だが、たとえ都市部に住んでいたとしても、コンビニに行けば「きのこの山」が置いてあるではないか。私には、「きのこの山」を見ていると古来からの日本人の精神性が伝わってくるように感じられる。そう、「きのこの山」とは「きのこの(ような形をした火)山(の模型)」のことに他ならず、親しみやすいお菓子の形をとって国民の地学教育に資することを目的として開発された商品だったのである(*3)。

さて、このブログの読者の皆さんも地学に興味が湧いてきただろうか。地学といえば、地学部に所属する女子高生たちの青春を描いたアニメ「恋する小惑星」が現在絶賛放送中である。ワクワクとキラキラが詰まった素晴らしい作品である「恋する小惑星」を、どうかよろしくお願いしたい。

(*1)同様に、無用の用は用であって無用ではないし、無KのKはKであって無Kではない。風の谷のナウシカは谷のナウシカであって風ではないし、もののけ姫はけ姫であってものではない。きのこの山はこの山であってきではないし、たけのこの里はこの里であってたけではない。
(*2)「きのこの山」1パッケージには、「きのこの山」がたくさん入っている。従って「きのこの山」1パッケージは「きのこの山の山」である。「きのこの山」のパッケージを山積みにしたものは「きのこの山の山の山」である。こうして山々言っていると「ヤマノススメ」が見たくなってくる。せっかくなので、「ヤマノススメ」もどうかよろしくお願いしたい。
(*3)「たけのこの里」は......。えーっと。里山保全とか、生物多様性の尊重とか、なんかそんな感じのやつだろう。

関連記事: きのこの山(こまいどの徒然流線日記)
今回の記事執筆のきっかけとなった記事である。

2020年2月1日土曜日

新年のスピーチ

数週間ほど前、大学の友人からある相談を受けた。彼は部活動のコーチをしており、部の新年会でスピーチをしなければならないというのだ。相談の中身は、そこで話す内容を考えてほしいというものだった。ちなみに新年会はOBも集まるややフォーマルな場だそうだ。
私が考えたのは次のようなものである。
新年あけましておめでとうございます。
新年といえば「一年の計は元旦にあり」という諺がありますね。今年を実りあるいい一年にするためにも、始めに目標を立てておくことは大切です。詳細は省きますが、私も年が明けてから今日までに今年の目標を1024個立ててきました。
さて、皆さん「カオス」という概念はご存知でしょうか。例えばボールを持ち上げてパッと手を放したとき、ボールは「落ちる」という動きをするでしょうね。あるいは夜空に浮かぶ月に関しても、ずっと地球のまわりをぐるぐるぐるぐる回っているだろうというのはおおよそ予測がつくことです。ですが、「動きに予測がつく」ことは当たり前のことではありません。これらの現象の場合、地球とボール、地球と月というように、主に関わっている物体はせいぜい2つしかありません。ところが、3つ以上の物体の運動を考えるとなると、途端に話が変わってくるのです。19世紀の数学者ポアンカレは、3つの天体による運動を研究する過程で、それらが非常に複雑な軌道を持ちうることを発見しました。そこでは、ほんの少し初期値が違うだけで物体が全然違う動きをするのです。最初の状態がほんの少し違うだけで未来が大きく変わってくる、こういった性質で特徴付けられる系は「カオス」と呼ばれ、盛んに研究が行われてきました。 部活動もこれと同じです。ほんの少しの初期条件の違いが、やがては大きな違いとなって現れるのです。何事もはじめが肝心です。一年の計は元旦にあり。年が明けた今、しっかりと目標を立てて、いい一年にしていきましょう。

 ......はい。皆さんは今の話を聞いて何か違和感を感じましたか?なんとなくそれっぽく話してきましたが、よくよく考えてみてください。カオスと我々の部活動には別に関係がないことに気付くと思います。3つの天体の軌道がカオスになるからといって、だから何だという話です。それに、仮に初期条件の違いが後々大きな違いを生むとしても、だから目標を立てるといい一年になるのだというのはあまりに論理が飛躍していて、いくらなんでも意味不明です。
この私が代表的な例ですが、世の中にはいい加減なことを言う人がたくさんいます。いい加減な人のいい加減な話に騙されることなく、自分の頭でしっかりと考えながら、効率的にトレーニングをしていきましょう。
私からは以上です。ご清聴ありがとうございました。
 友達は答えた。
 「相談する相手を間違えた」