2019年12月31日火曜日

ツイイト・セレクション2019

@tactfully28が2019年に投稿したツイイトのうち、選りすぐった50個をご紹介いたします。

[1] 細胞分裂、引用の要件を満たすことなく情報をコピーしており研究倫理に反している

[2] おススメの暇つぶしとして、紊乱・陶酔・冒涜などがあります。

[3] Q. パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?
     A. 噴飯(吹き出してしまうため飲み込めない)

[4] 1. 三段論法は正しい。 2. この文章は三段論法である。 3. ゆえにこの文章は正しい。

[5] お前は大便の生産以外に能があるのか? →空間の占有

[6] 俺も錯綜したいから早く情報になりたい

[7] 大麻を混合した飼料を使ってストレスなく育てられた良質な牛

[8] もし明日から干し飯以外食べられなくなったらどうする?
   →嘆き、悲しみます

[9] 男を信じていない俵万智「どうせ私のサラダだけが目当てなんでしょ!」

[10] 結婚式に招待されたらご祝儀に門松を持って行こうかな、2人の新たな門出を祝すために

[11] 生きて腸まで届く暴走トロッコ

[12] 便秘とかけて国家公務員採用試験の面接と解きます 
       →どちらもかんちょうがきいてくるでしょう

[13] 「大麻や覚醒剤」とかけて「歩を持っているのに使えない」と解きます
        →うったらつみになるでしょう

[14] 吸うと気持ちがいいことで有名 爽やかな空気

[15] 発言が意味不明だって時々言われるんだけど、もしかして発言には必ず意味が要るのかな

[17] 食欲と睡眠欲なんて所詮覚醒剤に負けるザコ 人間の三大欲求は排泄欲・性欲・薬物欲です

[18] 草しか食わないくせにカルシウムたっぷりの美味しい乳を生み出してくる乳牛とかいうやつマジ何なん?草食いのプロか?

[19] 今日はよく晴れた日曜日!せっかくだし耄碌でもしようかな

[20] 歩くと自分の位置が変わって不思議だなぁ

[21] 「写真撮って」と頼まれたら「ハイ、チーズ!カシャ」と「カシャ」まで声で言うのが僕のモットーです

[22] 感情のやり場がなかったので放射性廃棄物最終処分場に捨ててきた

[23] テレビのジョンが死んだら大川隆法に「仕方がない、ではテレビのジョンを呼ぼう」「テレビのジョーン!」と呼びかけたい

[24] ポケモンたち、死という救済を許されず何度も「瀕死」に追い込まれているのかわいそう

[25] 栄養豊富な脳液ジュース

[26] 皮膚のおかげで辛うじて人の形を保てているから皮膚には感謝してもしきれない

[27] イクラと見つめ合うだけの時間

[28] 皆さんは友達に「黙れこのニヒリスト」と言われた経験がありますか?僕はあります

[29] アイドルはうんこしない ←アイドルの大便はすべて”うんこ”ではなく”うんち”だから

[30] この俺に水を浴びせてくるとはな……。フッ、おもしれー風雨だ

[31] 趣味で矛盾をやっています

[32] 「なんで私が怒っているか分かる?」
       「うーん、やがて来る死の恐怖に怯えているから?」

[33] テストは満点だったが笑顔が3点だったため留年

[34] キャベツはどこから来るの?
       →キャベツ畑

[35] ねえ知ってる?女の子はみんな、お姫様になれるんだって……!

[36] 私事ですが、かねてよりたまっておりました宿便が排泄されましたことをご報告いたします。

[37] 踊り狂ったのか?俺以外の男と……

[38] 幾何学者は位相同型かどうかで人間を判別するので、ピアス穴を開けると名前をよく覚えてもらえるらしいです

[39] 帰ってくれないか 俺はクリスマスパーティーのための盆踊りの練習で忙しいんだ

[40] 俺「実は自分に恋人なんていなくて、恋人と過ごしてきた楽しかった時間も、甘くとろけるような思い出も、交わしてきた熱い愛の言葉も、全て俺の妄想だったらどうしよう……」
↑いや、本当に全てが妄想だが??

[41] 出前で頼んだきつねうどんがピクピクと痙攣していて食べにくい

[42] この世界のいいところって美しいことくらいしかない

[43] 突然意識がニョキニョキと芽生えてきたので呆気にとられてポカンとしている

[44] エビってエビみたいな食感がして美味しいから好き

[45] 俺、時々「了解」や「OK」の代わりに「承りはべり。」って言うことがあるんだけど、誰も「それ『舞姫』で豊太郎がつい言っちゃってめちゃめちゃ後悔するやつじゃん」っていうほしいツッコミをしてくれない

[46] 空欄を埋めよと指示されたので数人がかりで山梨の山中に埋めてきた

[47] とぷとぷ〜って感じで世界に愛を注いでいます

[48] 大学から届いた学生生活実態調査のアンケートに「大学への要望はありますか?」という欄があったから、とりあえず「私を殺してください」と書いておいた

[49] 超音波を発するハミガキ粉

[50] 面接では試験官の前にパッと現れて終わった瞬間スッと消えるのがマナー


最優秀賞は[13]です。来年も当アカウントをどうかよろしくお願いします。

関連記事: 「ツイイト・セレクション2019 選外」

2019年11月4日月曜日

短編小説: 椅子とピアノのある小部屋

「ただいま。あー、今日も疲れた」
玄関のドアを開けながら、私は無人の部屋に向かってそう言った。東京の会社に就職したことをきっかけに、数年前から一人暮らしを続けている。気楽なのは確かだが、寂しくないと言ったら嘘になる。実際、返事をくれる人なんていないことはとうに分かりきっているのに、未だに「ただいま」と言い続けているのだ。
それにしてもくたびれた。自宅と職場を往復する単調な毎日には飽き飽きする。今は大体午後10時。残業をして、家に着いたらこんな時間である。早く風呂に入って寝なければ。そう考えた途端、職場に残してきた仕事のことを思い出して少し憂鬱になった。はあ、と深いため息を付きながら、スイッチを押して部屋の明かりを付けた。パッと部屋が明るくなる。その瞬間、私はある異変に気が付いた。

壁に一本のちくわが生えていた。

ちくわというのは、あの練り物のちくわである。両端は白いが、中央部はこんがりと焼かれて茶色い。一方の端は、重力に従ってだらりとやる気なさげに垂れている。これは一体どういうことなのだろう。どうしてちくわが生えているのだろう。ただただ困惑することしかできない。
恐る恐る触れてみた。私からの接触に対して、ちくわはぶよんとしたあの弾力をもって応答した。今度は強く引っ張ってみる。引っ張れば引っ張るほど、ちくわはゴムのように伸びていく。そして、手を離すと瞬く間に元のだらりとした形状に戻った。ちくわはちぎれない。次は包丁を使ってみる。一方の端を左手で持って、包丁をノコギリのようにゴシゴシと前後に動かす。だが、それでもちくわには傷一つ付かない。このちくわ、どうやら只者ではないらしい。いや、突然壁から生えてきた時点で只者ではないことくらい分かっていたのだが。
この壁からは、このままちくわが生えっぱなしなのだろうか。それは嫌だ。何が悲しくて、ちくわと同居しなければならないのか。生えるにしても、一体どうしてちくわなのか。ニンジンだとか、トナカイだとか、もっと他にあっただろう。ちくわというのは、なんだか馬鹿にされている感じがする。無駄にふにゃふにゃしやがって。悔しかったら、もっとシャンとしてみてはどうだ。そう悪態をつきながら、私はちくわが水平になるように端を手に持って軽く引っ張り、ちくわの形をシャンとさせた。まっすぐなちくわ。まっすぐな筒。まっすぐな穴。そう、まっすぐ。......そういえば、この穴の向こうはどうなっているのだろうか。私はしゃがみこんで、穴を目に当てて覗き込んでみることにした。

ちくわの中は望遠鏡のようになっていた。奥には白い小部屋が見えた。小部屋には、黒い椅子と一台のピアノが置いてあった。椅子は便利な道具なので好きである。裁ちバサミと同じくらい好きである。ピアノも美しい音色を出してくれるので好きである。ピアノは糸切りバサミと同じくらい好きである。裁ちバサミも糸切りバサミも、裁縫をする上であったら便利な道具なのは同じである。
そんなことを考えていると、次第に小部屋の壁が泡立ってきた。どうやら壁がぐつぐつと沸騰しているらしい。泡はむくむくと膨らんでいく。吹きこぼれだ。吹きこぼれた泡はどんどん集まり、次第に人の形になっていった。刹那、泡がパチパチと弾けていったかと思うと、泡の中から白いワンピースを着た少女が現れた。少女は立ったままスーッと水平移動して、部屋を3周ほどした後に、黒い椅子の前までやって来た。椅子は、少女にとっては少々高すぎるように見えた。だが、少女が椅子に足を掛けようとしたその途端、椅子がズブズブと沈んだかと思うと、あっという間に少女にとって丁度いい高さにまで調整された。そして、少女はピアノに向かってぺたんと座った。ピアノも、椅子に合わせて少女の手に届く高さまでズブズブと沈んだ。
少女は、ピアノを楽しげに弾き始めた。どんな曲なのか気になるが、目の代わりに耳をちくわに押し当てても全く何も聞こえない。どうやら、目で感じ取るしかないようだ。目を凝らしてみると、小部屋にゆらゆらと陽炎が立っているのが見て取れた。陽炎はピアノの音に呼応するかのように振動している。あるいは、この陽炎はピアノの音色そのものなのかもしれない。陽炎を通して、ピアノの音が部屋に響き、壁を震わしている様子が見える。陽炎を見れば音が見える。ピアノの音が目から聞こえる。少女の演奏に聞き入っていると、いつの間にやら部屋全体がピアノの音に覆い尽くされていた。揺れる陽炎に少女の姿の輪郭は溶け、ワンピースの白色は椅子やピアノの黒色と混ざり合って灰色をなした。灰色は、部屋全体を揺蕩いつつも、ピアノの音が鳴るたびに共鳴して膨張した。灰色は膨れ、膨れ、ただひたすらに膨れ上がり、視界はすっかり灰色に染まった。もう、音の姿も見えてこない。一面の灰色だけがそこにあった。

ふと、頭の中に一つの英単語が思い浮かんだ。
「equilibrium、か」
独り言を言いながら、私は手に持っていたちくわから目を離した。覗き込んでいたちくわを、まじまじと見つめる。さっきまで、私は何にイライラしていたのだろう。別にちくわが壁にくっ付いていてもいいじゃないか。むしろ、それはそれで趣があっていいかもしれない。そう思ってちくわから手を離すと、ちくわはポトリと壁から剥がれ落ちた。
ああ、世の中思い通りにならないものである。でも、何だか嫌な気はしない。それどころか、今まで自分にのしかかっていた重い倦怠感が取れて、明日への活力が湧いてきたような感じがする。
そうだ、明日は飼っている馬を連れて行って、会社の前で流鏑馬をしよう。高速で動く侍から高速の矢が飛んでくるなんて、流鏑馬はなんとエキサイティングな競技なのだろう。想像するだけでわくわくする。そうと決まれば、早速押入れから弓矢を取り出してこなくては。それにしても、こんなに明日が楽しみな気持ちになるなんて、一体いつぶりのことだろうか。まるで童心に返ったようだ。

高揚感に包まれながら、私は床に落ちたちくわを摘み上げ、口に放り込んでもしゃもしゃと食べた。ちくわは、私の歯で簡単に噛み切ることができた。スケトウダラの芳醇な香りが、口の中にふわっと広がり、鼻からスッと抜けていった。(終わり)

2019年10月30日水曜日

椅子は便利だ

今、私は椅子に座って一つの文章を書いている。書いている文章というのは、他でもないこの文章である。椅子は便利だ。この文章を通して、私はいかに椅子が便利であるかを伝えようと思う。

私は、椅子の便利さを伝えるためにこの文章を書いている。この文章を書こうと思ったのは、椅子のことを便利な道具だと感じるからである。椅子に座るその度に、椅子は便利な道具だなあと思う。今私は椅子に座っており、ちょうど「椅子は便利な道具だなあ」と感じている最中である。もし椅子が便利でなかったなら、椅子のことを便利な道具だと感じることもなかっただろう。私は、椅子が便利であってよかったとつくづく思う。もし椅子が不便だったら、私は今頃椅子に座っていないだろう。ひょっとすると、逆立ち(*1)しながらこの文章を書く羽目になっているかもしれない。そうならずに済んでいるのは、椅子が便利であるからに他ならない。
何故椅子が便利かというと、椅子には座ることができるからだ。もちろん、座ることができるというだけなら、机の上にも死体の上にも座ることはできる。火傷を負うことさえ厭わなければ、熱々の鉄板の上にだって座ることは可能である。しかし、それらと椅子を大きく隔てるのは、座っている時の快適さだ。ほとんどの人は、死体の上に座ると非常に不安な気持ちになるだろう。また、熱々の鉄板の上に座ると非常に熱いと感じるだろう。これは、死体や熱々の鉄板が座るのに適していないためである。その一方で、椅子には快適に座ることができる。これは椅子に座ってみれば分かる。私は今椅子に座っているため、死体や熱々の鉄板に座るのでは得られない、優れた座り心地を味わうことができている。この事実が意味するのは、椅子が座るのに適した道具だということである。疑うのであれば、一度椅子に座ってみるとよい。椅子に座った経験のある者であれば、誰しも椅子が便利な道具であることを認めるだろう。
しかし、椅子が便利であるのは、ただ座ることができるという理由だけではない。たとえあなたが逆立ちしながらこの文章を読んでいたとしても、あなたは間接的に椅子のお世話になっている。冒頭でも述べたように、もし椅子が不便だったなら、私は今頃椅子に座っていないだろう。そして、もし私が椅子に座っていなければ、今あなたが読んでいる文章は、このような文章になってはいなかっただろう。というのも、仮に私が逆立ちしながら文章を書いていたとしたら、私は「今、私は逆立ちをして一つの文章を書いている」という文からこの文章を始めていただろうからである。この文章が書かれているのは、私が今椅子に座っているからである。椅子はあなたが快適に座ることを可能にするだけでなく、あなたがこの文章を読むことも可能にしている。この文章を書く今の私があるのも、この文章を読む今のあなたがあるのも、ひとえに椅子という道具があるからなのだ。椅子は実に便利である。

このように、椅子は記事のネタにもなる。このことから分かるのは、椅子は大変便利だということである。

(*1)ちなみに私は逆立ちができない。

2019年10月27日日曜日

ペニスの面白さはどこにあるのか?

こんな記事ばかりが連続してしまって申し訳ない限りだが、今回もタイトルから分かる通りの内容である。「続きを読む」にあたっては、十分に注意してほしい。

2019年10月22日火曜日

排便時の癖

注意: タイトルを見れば容易に分かることだが、この記事は排泄に関する内容を扱っている。そういった話題が不快な方は、読まれないことをおすすめする。

2019年10月19日土曜日

思ひつつ寝ればやシャブの見えつらむ

私は、しばしば奇妙な夢を見る。自分が夢の中で何をしていたか、夢の世界でどんな出来事が起こったか、計50の夢を箇条書きで挙げていこう。

  1. 覚醒剤と小麦粉を2対8の割合で混ぜた「二八そば」を打った。
  2. 学振DC2に落ちてヤケ酒していたら、急性アルコール中毒で昏睡した。
  3. スリッパの素揚げを食べさせられた。
  4. 孤児の赤ちゃんを抱えて急いで帰宅していたら、赤ちゃんが次第にドロドロに溶けていき、遂には死んでしまった。
  5. ゴーヤ5本ピーマン7個が入った袋を買った。
  6. 寝ている間に布団に潜り込んだ男にスキンシップを執拗に迫られ、全力で走って島根県の温泉地まで逃げた。
  7. 毎晩発狂して叫びながら寝ていたところ、怒った近隣住民に毒グモを差し向けられた。
  8. 髪の毛にウェーブをかけた上で、頭にかんざし代わりの体温計を10本刺して街を歩いていたところ、「そういうの迷惑だからやめてくんない?」とギャルに通報されてしまった。
  9. 北海道の雪原に行って弓矢でタンチョウを狩った。
  10. 友達に「Bluetoothとサンディスクどちらがいいと思いますか?水に片栗粉を入れて攪拌することをASMRというのですが……」と話しかけられた。
  11. 足の親指と人差し指の間を7箇所くらいハチに刺された。
  12. 立体駐車場の隠し部屋で、違法に栽培されていた大麻を発見した。
  13. 四コマ漫画の単行本を読んだ。タイトルは「概要というお弁当の脳」で、内容は探偵モノだった。
  14. スイスののどかな牧場に立つ風情溢れるレストランに行って、チーズフォンデュを食べた。感動するほど美味しかった。
  15. 百万遍に行ったところ、あぐらを組みながら空中浮揚し、なわとびでn重跳びをしている京大生がいた。
  16. 国立国会図書館に行き、エレベーターに乗った。すると、エレベーターが猛スピードで縦横無尽に動き回り失神してしまった。やっとのことで起き上がって外に出てみると、エレベーターがたくさんの人にぶつかって重傷者多数の惨事になっていた。
  17. ボットン便所で放尿していたら、あまりの尿量に糞尿が溢れ出して汚物が足にかかってしまった。
  18. 箱根登山鉄道に乗っていたら、スイッチバックのところで運転手が一旦降りて場所を変わった。
  19. 岡山駅で迷子になっていたところ、駅の一部が変形して自動車になって発進した。自分の他に乗客はおらず、ただ一人どこかの山奥へ誘拐されてしまった。
  20. 友達4人で集まって、何をして遊ぼうかと議論したところ、床屋に行こうという話になった。そうしてみんなで床屋に行ったはいいものの、4人分の待ち時間がたいそう長く、とても退屈な一日になってしまった。
  21. 拳銃型の制汗スプレーを使っていたら、突然本当に弾が出て自分の手のひらが撃たれてしまった。
  22. 2500のことを2.5 kと言ったところ、「意味がわからん」「素直に2500と言え」などと苦情が様々な方面から殺到した。「ほら、有効数字とかわかりやすくなるし……有効数字とか……」と精一杯意図を説明したものの、ただ険しい顔をされるだけだった。
  23. 異世界に転移して、大人しく優しいゴブリンたちと一緒に石造りの風呂に入ってまったりした。
  24. 現代文の定期試験を受けた。出題されたのは、大便を漏らすことについて論じた文章だった。
  25. 今日はエイプリルフールということで、高校の女子制服を着て登校することにした。そうしてブラウス・リボンにプリーツスカートという装いで何食わぬ顔をして登校していたのだが、ふと、「エイプリルフールだから女子制服を着る」というのは全然理由になっておらず意味不明であることに気が付いた。その上、今日の日付を確認してみたところ、なんと3月28日であった。そもそもエイプリルフールですらなかったのだ。私はなんだか急に恥ずかしくなってきて、家に帰って着ていた制服を全部脱ぎ、そして普段の服に着替えた(*1)。
  26. いつの間にやら29歳になっていた。博士課程を中退し、ヤケクソでyoutuberを始めてみることにした。
  27. 皮を剥いた玉ねぎを、半裸でカットしようとした。すると、私の姿を見た玉ねぎに「どうして半裸なの?」と尋ねられた。
  28. 友達が呪いで群(*2)に姿を変えられた。何者かに「彼と喋ることができるのは、代数をしている間だけだ」と告げられた私は、彼を呪いから救うべく群論の教科書を開いて勉強を始めることにした。
  29. ロックバンドを結成した。私はウィード(*3)の担当になった。
  30. 奈良の大仏を見に行った。立て看板に「君という存在が、とても大きなものに感じられるんだ......」と解説文が書かれていて、「なるほど、確かになあ」と思った。
  31. 用植アニメ「やくぶつ!」の第1話を視聴した。「女子高生たちが教室でアロエを育てようと試みる」というストーリーだった。
  32. 家庭科の授業で、「調理を行い、使った食材の余りを提出せよ」という宿題を出された。私は、食材じゃなくてゴミでいいかと生ゴミを持って行って提出した。その結果、生ゴミを二倍にされて突き返されてしまった。先生も、こういう生徒に嫌がらせをするためだけに生ゴミを学校に持ってきていたようである。
  33. 大学院に入学した。研究室に行くと、教員に「実験に使うため、これから毎日死体を洗いなさい」と指示された。人の死体を指定された溶液に浸すと表面にゴム状の薄い膜が付き、それを取り除くと綺麗になった死体が動き出した。私は、大学院生活初日にして退学しようと決意した。
  34. とろろ入りの卵焼きを焼いた(*4)。
  35. 射撃訓練の最中に「眠くて目標物をうまく狙えません」と不満をこぼしたところ、上官に取り押さえられ覚醒剤を無理矢理注射された。
  36. 「カードバトルサバイバル」のスペルが思い出せず、”card battle sabayibal”と書いた。
  37. 国会議員になった。昨年度の予算の使われ方が時間の関数で表されていたので、それをフーリエ変換して波数領域で表したあと、そのグラフの形の異常性について糾弾した。
  38. こわい人に顔面を柔らかいスポンジで思いっきり殴られた。
  39. ホテルの部屋で、様々な種類のおかきを収集するソーシャルゲームを遊んでいた。気付けば、ホテルの中が何やら騒然としている。どうやら、おかきたちを誘拐して、男子大浴場でおかきをふにゃふにゃにしてしまおうとする変態がホテルに現れたらしいとのことだった。
  40. ひじきとスイカの煮物を作った。
  41. すごろくゲーム「テンソルパーティ」で遊んだ。止まったマス目によってテンソルの添字が上がったり下がったりするというルールだった。
  42. 白菜の表面の一枚目の葉を剥いたところ、中から大根が現れた。今までこれは白菜だと思い込んでいたのだが、実はその正体は大根だったのだ。
  43. 誰かに「久しぶり」と挨拶されたので、“Yes, I’m from the Republic of Chad, but I have never been there since I was born.”(*5)と返事した。
  44. 他人が飼っているハツカネズミの手足を壁にテープで貼り付けて、聴診器でネズミの心音を聞いていたところ、現れた警察に逮捕された(*6)。
  45. 生焼けの鳥モモ肉を食べて食中毒になった。
  46. 黒柳徹子が、取組中の相撲取りの首にかかったデジタルカメラを奪い取ろうとしていた。
  47. コンビニでナン2枚と野菜ジュースと金属バットを買って、ピラミッドの内部へと潜入した。すると、暗闇の中で待ち構えていた何者かに階段で突き落とされて殺された。
  48. 祖父母と水族館に行き、アシカのショーを見てはしゃぎ回った。
  49. 数学の化け物が、あらゆる実体を消してこの世界を"構造"だけにするための呪文を発動した。
  50. 覚醒剤を練り込んだ手作りの蚊取り線香をこしらえた。

皆さんが普段見る夢と比べて、私の夢はどうであっただろうか。ちなみに、私のお気に入りは44番の夢である。

「この夢がいいよ」と俺が言ったから八月六日は逮捕記念日


(*1)これは6月15日夜に見た夢である。
(*2)代数学の用語。
(*3)マリファナのこと。
(*4)これは1月1日夜に見た夢である。
(*5)「はい、私はチャド共和国の出身です。ですが、私は生まれてから一度もチャドにいたことがありません」
(*6)これは8月6日夜に見た夢である。

2019年9月12日木曜日

タチが悪い

先日、高校のときの後輩(*1)が京都に遊びに来た。彼は、現在とある地方公立大学に通っている学生である。

昼食には二人で蕎麦を食べた。料金は確か2500円くらいだったと思う。私は彼がお手洗いに行っている間に会計を済ませ、外に出た。
「先輩、いくらでしたか」
「ああ、別にええんやけど、もし払いたかったら1000円くれ」
「じゃあ1000円払っておきます、ありがとうございます」

しばらくぶらぶらした後、京都らしい夕食ということでラーメンと唐揚げのセット(*2)を食べた。
「さて、店出るか。唐揚げの分は俺が払っとこうかな。ラーメンの分だけ頂戴」
「ありがとうございます」
「あ、ここ学生証見せたら50円割引になるんか。学生証出して」
「えー......。先輩の(京都大学の)学生証の後に自分の学生証出すのはあんまり......。別にいいじゃないですか」
「よくない。じゃあ50円」
「何でそこだけお金にシビアなんですか。仕方ないですね、50円出します」
「そうじゃなくて、俺が君に50円払うから学生証出して」
「??」
「もっとか。なら100円払う」
「なんでそこまで僕に学生証出させたいんですか」
「面白いやん」
「尚更出したくないですよ。50円受け取って下さい」

全く強情な奴である。埒が明かないので、ここは年長者の私が折れることにした。50円を受け取り、レジの前に立った。
「お会計お願いします。学割で(自分の学生証を見せる)」
「もう一人の方も学生さん?」
「彼はなんか学生証見せたくないらしいです」
「2人とも学生なんやね?じゃあ100円引きにしときますわ」
「ありがとうございます」

こうして退店した。後輩の不服そうな顔を見て、私は笑みがこらえきれなくなった。
「いやー......君が俺に払った50円、無駄金になってもうたな。返したろか?」
「いいですよ」
「学生証見せたくないって言っちゃうっていうな」
「そうですよ。僕何か悪いことした怪しい人みたいになっちゃったじゃないですか」
「何がタチ悪いって、天然でやっとるんやなくて全部分かった上で意図的にやっとるってところよな」
「害悪じゃないですか」
「まあまあ、50円払うから許して」
「いらないです」
その後は仲良く銭湯に入った。

一応、後で話を聞いた限り、後輩は私のこうしたタチの悪い行動もいたずらとして受け入れてくれているようである。ただ、私に関して余計にタチが悪いのは、こうした出来事を(*3)無断でblogのネタにして公開してしまうところである。

(*3)そして「後輩」の学歴を。

2019年8月10日土曜日

義眼の怖さ

私のお気に入りの漫画の一つに、「ヴォイニッチホテル」(全3巻)がある。南の島のホテルを舞台に、ヤクザ、メイド、殺人鬼、殺し屋、少年探偵団、幽霊といったアクの強いキャラクターたちがほのぼのと過ごしていくお話だ。殺人鬼や殺し屋がいる以上、人は死ぬし部屋は血まみれになる。それなのに島の人はのんびりとしていて、ストーリーはコメディチックだ。特に毒の効いたブラックな笑いを求めている人におすすめしたい。

さて、このヴォイニッチホテルには、主人公がある登場人物に義眼をプレゼントするというシーンが出てくる。主人公の優しさが伝わる、心温まる名場面だ。
それで思ったのだが、「義眼」という言葉は、その実際のはたらきの優しさに対して語感があまりにも強くはないだろうか。義眼を作る、義眼を贈るという行為には、人に対する思いやりが感じられる。しかし名前が義眼なのである。カタカナで書けばギガンだ。RPGのゲームにギガンという魔法があったら、きっと回復の魔法ではなく炎攻撃の魔法だろう。そう思うと義眼が急に怖くなってきた。ギガン......。擬-gunだけに、急に飛び出してきてこっちを攻撃してくるのではないだろうか。しかも炎属性だ。実に恐ろしい。道行く人から燃える目玉が急に飛んできたら腰を抜かす自信がある。義シリーズには義眼の他にも義足、義手、義髪、義理チョコ、義経などがあるが、義眼がぶっちぎりで一番怖い。義肢なんて壊れかけのタンスがきしむ音みたいでいかにも弱そうだ。その点やっぱり義眼は強い。義眼は怖い。

ところで、義眼は擬-gunだといったが、擬-ガンとはすなわちがんもどきだ。以上の議論を踏まえると、熱々のがんもどきを食べると熱い汁が飛び出してきて危ないという結論が導かれる。おでんは火傷しないようよくふーふーしてから食べるべきだ。まだ夏なので油断しがちであるが、おでんはいつどこで我々の前に姿を現すか分からない。常におでんに対する警戒を怠らないようにしたいものである。

2019年6月23日日曜日

母の教え

1996年の、ある夏の日のことである。その日、私に重大な転機が訪れた。〈この世界〉へと産み落とされてしまったのだ。苦労して産んだ人間が私のような愚者だった両親の心中は察するに余りあるが、話を聞くに嬉しかったというのだから、両親もまた愚かなものである。愚かな両親から産まれた私が愚かなのも必定であろう。
ともかく、私は、0歳の乳児としてこの世に生を受けた。当時、私は青年でも老人でもテトラポッドでもなかった。私は愚かだったため、「天上天下唯我独尊」と言い放つどころか、「私は人間です」と言う能力さえ持ち合わせてはいなかった。この点において、私はテトラポッドや大便と同様だった。私は、その愚かさゆえに、産まれた瞬間からテトラポッドないしは大便と誤解される危険性と隣り合わせで生きてきたのだ。
とはいえ、私が人間である母のお腹から出てきた何らかの塊であることは確かであり、そのことを踏まえると私がテトラポッドでないことはほとんど明らかだった。というのも、テトラポッドは大きすぎて母のお腹には入らないだろうと推測されるためである。残る可能性として考えられるのは人間と大便であるが、おぎゃあおぎゃあと泣いていたり、大便特有の臭気を放っていなかったりするあたり、どちらかというと人間に近い存在だろうと判断された。
幸運なことに、1996年時点において日本国憲法は既に施行されていた。この憲法は、三大理念の一つとして基本的人権の尊重を掲げている。そのおかげで、私は基本的人権を獲得することができた。もし中世に生まれていたら基本的人権など保障されていなかったわけで、このことからも私の乳児期がいかに危険と隣り合わせだったかを理解してもらえることだろう。こうして生存権を認められた私であるが、私の生存においては問題点が一つあった。医者は両親を呼び出し、「大事な話があります」と言った。
私は低出生体重児だった。私はしばらくの間両親から隔離されることとなった。

私は、出生時の艱難辛苦を乗り越え、なんだかんだですくすくと成長した。私が死なずにここまで来ることができたのは、ひとえに両親の愛と両親の努力と人類の叡智と医療制度と時の運と地球環境と物理法則のおかげである。つまり、今の私は両親の愛と両親の努力と人類の叡智と医療制度と時の運と地球環境と物理法則と日本国憲法の結晶だということだ。従って、この記事に関しても、どうか私の両親の愛と私の両親の努力と人類の叡智と医療制度と時の運と地球環境と物理法則と日本国憲法とテトラポッドの賜物(*)だと思って読んでほしい。ついでに、もし気が向いたらキルミーベイベーも読んでほしい。
私は、成長するにつれ、段々人語を解するようになっていった。私が人語を解するようになったとみた母は、折に触れては私が低出生体重児だったという上記のエピソードを話した。このエピソードは、いつも「あなたを産むのは大変だった。とにかく健康には気を付けるように」という形で締めくくられた。健康に気を使うよう何度も繰り返し教えられた私は、健康に気を使う少年となり、そして健康に気を使う青年になった。このまま順調に行けば、やがて健康に気を使う中年になり、健康に気を使う老人を経て、健康に気を使う死体へと変化していくことだろう。

私は、毎日呼吸を行うよう心がけている。また、私は覚醒剤やコカインなど違法薬物の使用に関心を抱いているが、未だ嘗て使用したことは一度もない。その上、毎朝早起きして川沿いをジョギングする習慣がついたらいいなと願っている。
それもこれも、母の教えを忠実に守っているためなのである。

(*)この記事は私の両親の愛と私の両親の努力と人類の叡智と医療制度と時の運と地球環境と物理法則と日本国憲法とテトラポッドと大便の賜物であるが、その一方で、エジプトはナイルの賜物である。

2019年5月13日月曜日

初恋・下

前編: 「初恋・上」

私はなけなしのファッションセンスを振り絞って服を選び、肌にはクリームを塗って保湿をし、柄にもなく整髪料をつけて、できる限りのおしゃれをした。変でないだろうかと不安になり、何度も鏡で確認した。私は緊張とともに彼女に会った。彼女はスカートを履いていた。彼女のスカート姿を見るのは、一体いつ以来のことだろうか。珍しい。新鮮だ。可愛い。嬉しい。感情が私の頭を駆け巡った。同時に、私は告白への決意を新たにした。私は、彼女と手を繋いで帰りたいと強く思った。一体、彼女の手を握るとどんな感触がするのだろうか。私は赤面した。
ハーブ園は六甲山の上に作られており、山麓の市街地とはロープウェーで結ばれている。三宮で昼食にオムライスを食べてから、私と彼女はロープウェーの駅に向かった。ロープウェーは6人乗りで、2人きりの空間でこそなかったが、彼女の隣に座ることができたのは嬉しかった。心から好きな人の隣にいられるというのがこんなにも嬉しいことだとは、私はこの日に至るまで知らなかった。ロープウェーは、静かに広がるダム湖の姿を私の前に示して見せた。私の心は高揚感で満たされた。

私と彼女はロープウェーから降りた。ハーブ園からは、神戸の都市を一望できた。日差しが強く蒸し暑さのあった街の中とは対照的に、山の上では涼しい風が吹いていた。人が多く混んではいたが、開放感があって爽やかだった。
神戸を見下ろす写真を撮ってから、ハーブ園の中を見て回った。2人で小瓶に入った香り付きの精油を嗅いで(*1)、この香りが好きだなんだと言い合った。温室で植物を観察していると、彼女は食用ハーブに関する様々な体験を語ってくれた。そういえば、3月に会ったときも彼女は食べることが好きなのだと言っていた。彼女も楽しんでくれているようだった。
屋外ではネモフィラの花が見頃を迎えていた。私は花畑の写真を撮った。撮影した写真を見ると、当たり前だが、撮った花が写っていた。私は、彼女の写真を撮りたいとふと思った。私は彼女の方を向いた。彼女は花を眺めていた。恋人になれれば、彼女の写真もたくさん撮ることができるだろうか。それは、毎朝彼女の写真を見てから登校できるということか。それって、すごく、なんというか......。初夏の日差しを受けた頭が、熱を帯びてじりじりと痺れた。その熱が体全体へと伝わるとともに、胸が締め付けられて呼吸するのが苦しくなった。体の自由が効かなくなり、私はその場に立ち尽くした。この陶酔しきった頭では、何も考えることができない。もう、こうしてただ彼女を見ていることしかできない......。
不意に、彼女がこちらを向いた。私ははっとして、慌てて目を逸らした。そして、その一瞬で掻き集めた理性を動かして、何事もなかった風を装った。私は、いつの間にか彼女に見惚れていたのだった。
そうこうしているうちに、私と彼女はハーブ園の出口に着いた。次の目的地はあのダムだ。ハーブ園からダム湖への道はハイキングコースになっている。登山客とすれ違いながら、歩いてダム湖の方を目指した。

ダムに着いた。空は晴れ、水は静かで、向こうの山は青かった。ベンチが3つ並んでいて、そのうち一つには2人の登山客が座っていた。「休憩しようか」と私は言い、彼女と一緒にベンチに座った。緊張した。前日にあれだけ頭の中でシミュレートしたとはいえ、いざ告白するとなるとなかなか踏ん切りがつかなかった。私は、隣の2人がベンチを去って2人きりの空間ができたら告白しようと考えた。しかし、彼らは一向にベンチを去りそうな気配を見せなかった。私は、告白の機を伺いながら、ずっと風景を眺めていた。
彼女が、「そろそろ行く?」と私に尋ねた。まずい。今を逃したら、これ以上のチャンスは当分来ない。今、このタイミングで言わなければ。とりあえず、彼女をベンチから立たせるわけにはいかない。「待って。俺、言っておかなければならないことが......」最後まで言えない。
いや、私は何を恐れているのか。彼女だって、今日のデートを楽しんでいた。今までのメッセージからも、今日の誘いを楽しみにしている様子が伝わってきた。私は彼女と趣味が合う。私は垢抜けようと頑張った。それに、無力感に苛まれるあまり今まですっかり忘れていたが、私は地味にちょっと頭がいい。私が彼女と付き合えなくて、他の誰が彼女の恋人になれるというのか。彼女と同年代で、今は関西地方に住んでいて、火力発電所の見学に嬉々として行って、あの東大の卒業生。そんな男、私くらいのものだろう(*2)。彼女の目にも、私は悪くない物件として映っているに違いない。いける。多分、きっと、大丈夫なはずだ。私は自分を奮い立たせ、口を開いた。
「俺は......」色々考えているうちに、彼女の目を見ることを忘れていた。私は慌てて横を向いた。
「君のことが好き。だから俺と付き合ってほしい」
言い切った。
「あと、手紙がある。これも読んでくれ」
私は鞄からラブレターを取り出し、彼女の元へと手渡した。それは、読みやすくて丁寧な、手紙のあるべき姿とは程遠かった。手紙は、彼女に会うまでの電車で読み返したときの私の手に握られて、何重にもしわが寄っていた。過剰な筆圧で書かれた文字たちが、私の昂ぶった心を映し出すかのように、紙の上で激しく暴れていた。
彼女は答えた。「そうなんじゃないかなって、実はちょっと思ってた。勇気を出して言ってくれてありがとう。......嬉しい。でも私、人を好きになるってことが、まだあんまりよく分かってなくて。だからちょっと考えさせて。本当は、すぐにYesかNoか答えられればよかったんだけど。私がまだ子供だから、すぐには言えなくて。ごめんね。手紙は、帰ってから後で読むね。恥ずかしい、から」
返事は保留ということだった。私は答えた。
「いや、全然気にしなくていいよ。ゆっくり考えて。こちらこそ、戸惑わせてしまったようですまない」
「私ずっと、小学生のような気分で生きてきたから......。もう、大人なんだね」
私は私でピュアだったが、彼女も彼女でピュアだった。もう2人とも22歳だった。
木々の枝が風に揺れ、まだ青い葉っぱがはらはらと落ちた。 「じゃあ、行くか」そう言って、大きく伸びをしながら私は立った。私と彼女はダム湖のベンチを後にした(*3)

告白の後は、市街地の方まで降りていった。途中で布引の滝を見た。私と彼女は、まるで何事もなかったかのように、今までと変わらない調子でやりとりをした。そうして16時頃、神戸の市街地まで到着した。夕食にするには、まだ少し早い時間だった。私は、「どうしよう。北野の方にでも行ってみようか」と彼女に尋ねた。ところが、彼女が「ごめん、今日は晩御飯を作らなきゃいけないから、帰るね」と答えたため、そのまま帰ることになった。「今日は会ってくれてありがとう」そう言って駅で彼女と別れた。
私は楽観的だった。私の恋愛感情に気付きながらも今日会ってくれたということは、彼女も私に少なからず好意を持っているのだろう。あの様子なら返事が来るまでに一週間か一ヶ月かはかかるかもしれないが、最終的にはきっとOKしてもらえるはずだ。保留期間のうちにまた食事に誘ってデートしようか。そんなことを考えていた。
帰宅(*4)すると、私はどっと疲れを感じた。私はすぐに眠りに落ちた。

翌日の天気も晴れだった。私は窓からの日差しを受けて目を覚ました。体を動かすと、布団が軽く唇に当たった。私は彼女の頰に口付けすることを想像した。ああ、彼女と恋人になれたら、一体どんな毎日が待っているのだろうか。好き、好き、好き、好き......。私は幸せな空想にふけった。
昼過ぎになった。携帯電話を開くと、彼女からのメッセージが届いていた。まさか、もう返事が来たというのか。私はメッセージを開封した。それは、確かに告白の返事だった。私の目に、ある文字列が映った。

「答えはNoです」

しばらく、何が起こったのか分からなかった。空想世界に取り残された私の心が、その意味の理解を拒んでいた。意識を現実へと呼び戻しながら、私はもう一度文面を読んだ。そこには、私を異性として見ることはできないという旨が記されていた。それが彼女の「素直な気持ち」であり、一晩悩んだ末の「結論」だった。そこに何か覆りそうな余地を見出すことは、私にはできなかった。私は、自分の恋が実らなかったことを理解した。私は、「分かった」と言って、きちんと考えてくれたことへの感謝の言葉を述べた。告白を決意した時点で、これも想定のうちだった。しかし、どういうわけだか、涙が止まらなくなっていた。
私は、彼女と一緒に京都を歩いてみたかった。温泉旅行に行きたかった。工場見学に行きたかった。黒部ダムに行きたかった。街で服の選び合いをしたかった。本の貸し借りをしたかった。お菓子作り(*5)をしたかった。2人で作った料理を、2人で分けて食べたかった。電話を繋ぎっぱなしにして、服でも干しながらとりとめのない会話をしたかった。日常の中の些細な発見を、彼女と共有したかった。彼女に可愛いと言いたかった。彼女の写真を撮りたかった。彼女の顔を、飽きるまで眺めていたかった。それから、それから.......。
私は、今まで恋人がいなくてできなかったこと全部、彼女と一緒にしたかった。色々な場所で、素敵な思い出を数えきれないほどに作りたかった。彼女の手だって握りたかった。恋人繋ぎをしたかった。彼女と抱擁もしたかった。そして、彼女に口付けもしたかった。それら全てが、もう叶うことはないのだった。私は布団の中に閉じこもって、ただひたすらに泣き続けた。私は、失恋の痛みを初めて知った。
私は、彼女の恋人になれないにしても、彼女の友達でいたかった。2回のデートを経て、私は彼女と今までよりも親しくなれたと感じていた。だから、たとえ振られたにしても、今までよりももっと仲の良い友達になれるはずだと、ただ単純に、そう信じていた。私は、これからも友達として会ってよいかと彼女に尋ねた。彼女は、しばらく遠慮させてほしいと答えた。考えてみれば当然だった。そもそも、彼女は断ったことに申し訳なさを覚えているようだから、会ったら恐らく気まずくなる。また、2人きりで会えばそれはデートになってしまう。そのため共通の知人を交えて会う必要が出てくるのだが、私と彼女の間に何が起こったのかを彼らに悟られるわけにはいかない。お互い気を使うことだろう。告白を断るとき、彼女は私のことを「ただの友達」とさえ言ってくれていなかった。そうか、もう当分彼女と会うこともできないのか。私は再び、「分かった」と彼女に答えた。恐らくこれを言っても何も変わりはないだろうと思いつつ、「また気が変わったら連絡してくれ」と一言添えた。メッセージのやりとりはそこで途絶えた。その日は、外が暗くなるまで泣いていた。


さて、あれから時間が経ったためか、私は今ではかなり冷静さを取り戻すことができている。あるいは、文章を書くことで自分の感情を整理するという私の狙いが成功したのかもしれない。未練が残っていないと言えば嘘になるが、頭は次第に恋愛の酔いから醒めつつある。私が今も学問に関する無力感の後遺症に苦しめられていることを思うと、拒絶の返事という形ではっきりとした諦めの理由を与えてくれる恋愛は、学問と比べて随分私に優しくできているようである。
結果的には振られたわけだが、自分が信じる最善の場所とタイミングで告白を実行できたことに関しては高く評価してやってよいと思う。これを先延ばしにしていたら、恐らくもっとつらい結末になっていたに違いない。今でも、あの告白は正しい判断だったと思っている。彼女との関係にしても、嫌われてしまったわけではないはずだ。私は、いつかきっと気まずさを克服して友達関係を結び直せるだろうと信じている。
今回の一件で、自分が相手にまっすぐな恋愛感情を抱くことができる人間だと分かったのも大きな収穫だった。私は長い間恋愛感情が分からなかったし、その後も恋愛に対する屈折した考えのために自分の感情に素直に動くことができなかった。私に恋愛感情を与えてくれるほど素敵な人であった彼女と、私のデッドロック状態を解消してくれた友人に対して、私は深く感謝している。また、これは私の傲慢さなのかもしれないが、今後彼女に誰か他に好きな人ができたとして、もし私の告白がその一つのきっかけになれたとしたら、それは素敵なことだろうと私は思う。私は、彼女のおかげで自分のことをより深く知ることができた。私は彼女に恩がある。だから、私の行動が、「恋愛感情が分からない」と語っていた彼女にとって自分のセクシュアリティを探る糸口となり、彼女が彼女自身を知ることに繋がっていればいいなと祈っているのだ。
おおよそ立ち直ることができたのだが、問題は次の恋をどうするかだ。今回の失敗に関して、本当のところは分からない(*6)が、第一に考えられる原因としては友達としての関係が長期に及んでいたことが挙げられる。初めて出会ってから告白するまで、私はあまりに長い時間を要してしまった。私の恋は、一目惚れからは程遠い、じわじわと積み上がっていくものだった。燃え上がりにくいタイプと言ってもいい。多数派の恋愛パターンとは恐らく異なっているのであろう自分のこの特性を踏まえつつ、いかにして成就に繋げるかが今後の課題となってくる。

私に今後恋人ができるかどうかは分からない。しかし、私は自らの人生を幸福なものにするべく、これからも可能な限り努力を重ねていくつもりである。(「初恋」 終わり)


(*1)私が手で仰ぐようにして嗅ぐと、彼女は笑った。「危険かもしれないから」と言って、彼女も手で仰ぐようにして嗅いだ。
(*2)まあ「おく」がいるのであるが、今はそんなことを言っている場合ではない。大切な友人なので心苦しいところだが、彼のことは一時的に忘れておこう。ref.「2月の終わりに」(Voices Inside My Head)
(*3)結局、隣の2人は最初から最後までずっといた。待っていたらきりがなかった。
(*4)私はGWの間帰省していた。だから、この「帰宅」は実家への帰宅である。なお、親には同性の友人と会うのだと偽っていた。ref. 「服屋の店員」
(*5)ref. 「バレンタイン・チョコクッキー」
(*6)恋に浮かれてTwitterで麻薬麻薬と言いすぎたことが原因という可能性もある。

初恋・上

自らの思考や感情を整理するための方法を、私は書くこと以外に知らない。思い出も、悩み事も、思索したことも、ずっと文章に綴ってきた。だから今回も書くことにする。

私の恋の話をしよう(*1)


私が「彼女」(*2)に対する恋愛感情を自覚したのは、2017年の春のことだ。実のところ、私はそれまではっきりとした恋に落ちたことがなかった(*3)。私の中心にあったのは、常に学問のことだった。大学に入るまでは、私は勉強を心の底から楽しむことができていた。私は成績も良く、自分の将来は明るいと信じきっていた。だから、部活、課外活動、友達と過ごす時間など、勉強以外のことも全力で楽しむことができていた。たとえ恋人がいなくても世界は輝きで満ちていて、私の頭に恋愛が入り込む余地はなかった。
ところが、大学に入ると世界は一変した。私が入学した東京大学は、入試だけでなく入学後の授業までもがハイレベルだった。私は授業についていけないことに悩むようになった(*4)。私は、私なりに必死に勉強したつもりだったが、それによって得られたのは知的好奇心が充足されたという満足感ではなく、何もかもが分からないという無力感だった。世界から輝きが失われていき、暗がりの中で私は一抹の寂しさを覚えた。このとき、私は初めて恋人が欲しいと思った。私は恋愛に対して憧れを抱き、いつか素敵な人と出会って素敵な恋愛をしてみたいと願うようになった。
しかし、私はその気持ちを押し殺して勉強に励んだ。無力感に打ちひしがれていたとはいえ、自分が解きたい謎(*5)に挑まずに済ます人生というのは、私にとって考えられないことだった。私は、何もかも分からないと言っていてはダメだ、自分は"何か"を分からなければならないのだと考えた。私は焦燥感に駆られていた。まだ見ぬ誰かと出会うために使っている時間など、自分にはどこにも無いように思われた。
この判断は、勉強をより一層つらいものにするだけの結果に終わった。2017年初頭における私は、何をどう頑張ったところで自分の大学生活はどうすることもできないのだという諦念に支配されていた。

こうした状況下で、私の中で急速に存在感を増していたのが「彼女」であった。彼女は私のある知り合いの知り合いであり、積極的に出会いを増やそうと努力することなく接点を持つことができた貴重な異性の1人だった。彼女は家族思いで心優しく、実直な性格をしているように見受けられた。また、彼女は勉強熱心な努力家で、聡明かつ知的な人だと感じられた。美人だとの印象こそ受けなかったものの、媚びたところのない、素朴で自然な可愛さを持った人だと思った。私は、彼女と会って話が合うと感じたことをきっかけに、彼女の性格は私のタイプなのではないかと考え始めた。容姿よりも性格の相性を重視していた私にとって、彼女の温厚で誠実な性格はまさに求めていたものそのもののように感じられた。私はこうして彼女を意識し始めた。
それからほどなくして、私はまた彼女と会う機会を得ることができた。私は、彼女と会えたときには今まで感じたことのない喜びを覚え、彼女と別れたときには今まで感じたことのない寂しさを覚えた。彼女と会えるチャンスは、それほど多くはなかった。私は、彼女にまた会いたいとしきりに思うようになった。彼女に会うことを想像すると、歓喜と緊張がないまぜになったような、異質で奇妙な感覚が心の中に湧き上がった。私は、初めて覚えたこの感覚に対し、どのように向き合えばよいのか分からなかった。しかし、彼女の声、彼女の言葉、彼女の姿が頭にこびりついて離れなくなっていたのは確かだった。
この奇妙な感覚は、どのような勉強や遊びによっても薄められることがなかった。私は、彼女に対して友情以上の特別な感情を覚えていること、そして、この現象が単なる一過性のものではないことを認めざるを得なかった。そうして四六時中彼女のことを考えているうちに、「恋人が欲しい、交際するならどういう人がいいだろうか」と悩んでいた思考は、やがて「交際するなら彼女がいい、彼女が一番好ましい」というものへと変化した。2017年の春、私は彼女への恋愛感情を自覚した。その後も、私は彼女に時々会った。時には2人きりで会って大学の構内でじっくりと話したこともあった。しかし、恋愛という観点においては、2019年の春になるまで事態に特に進展はなかった。

私は、東京大学を卒業した後は京都大学の大学院へと入学することになっていた。私は京都での生活を憧憬しており、学生のうちに一度は京都に住んでみたいものだと考えていた(*6)。そこで昨年、京大の院試を受けようと決め、それに合格したのだった。この関西地方への引っ越しは、彼女と結ばれたいと思い始めた私にとってむしろ好都合なことだった。というのも、今年の初頭、彼女から受け取った年賀状から、彼女もこの春から関西で暮らし始めるようだと分かったのである。これを読んで、私は彼女に対するアプローチを始めようと心に決めた。
3月の上旬に京都への引っ越しを済ませ(*7)ると、私は彼女に声をかけた。ランチに誘ってみたところ、彼女は私と2人きりで会ってくれた。彼女と会うのは久しぶりだった。
このときの手応えは上々だった。会ったそのときから、わざわざおしゃれをして来てくれていることが感じ取れて、私は舞い上がった。アクセサリーはファッションに詳しい妹から借りてきたとのことだった。
会って10分もしないうちに、恋人はいるのかと彼女に尋ねられた。
「え、いや.......。いない、けど」
戸惑いとともに私は答えた。
「実は、私も」
自嘲とも安堵とも取れる笑みを浮かべながら、彼女は続けた。「22年間生きてきたけど、私、彼氏ができたこと一度もないんだ」
私は「俺も、誰かと付き合った経験はない」と返そうとしたが、言葉を発することができなかった。私と彼女の間に、気恥ずかしい空気が流れた。私も彼女も、この空気に対処する術を知らなかった。これまでも二人きりになったことは何度かあったが、お互い恋愛の話題を振ったことはただの一度もなかった。だから当然、このようなことを聞かれたのも初めてだった。私には、彼女から尋ねてきたことが意外に思えてならなかった。
ランチの店に入ってしばらく話していると、彼女は自分が話したかったことをもう一気に話してしまったと言った。それは、私に恋人がいるかどうかは真っ先に聞きたかったことという意味なのだろうか。私の心拍数は高くなった。これからの研究計画のことを話すと、彼女は「カッコいいと思う」と言ってくれた。私は、彼女に「カッコいい」と言われたことが嬉しくてならなかった。昼食の後は喫茶店に移動して、色々なことを話して盛り上がった。特に、東京証券取引所や火力発電所に行った話(*8)をしたところ、彼女は強い関心を示した。そうして、3月中に造幣局かどこかに一緒に行こうという話になった。是非行こう、後で具体的な場所や日付を調整しようと約束し、その日はそこで解散となった。
ここまでうまくいくとは思わなかった。恋人の有無を聞いてくるあたり、彼女も私のことを少しは意識してくれていそうである。さらに次のデートまで確定してしまった。これは押せばいけるのではないだろうか。私は可能性を感じた。その瞬間、私の恋心はかつてないほどに燃え上がった。私は、主に彼女の精神性に惹かれていて、容姿にはあまり魅力を感じていなかった。ところが、このとき、にわかに彼女の容姿が魅力的に感じられるようになった。同時に、彼女と手を繋ぎたい、彼女と抱擁をしたい、やがては彼女とキスまでもをしてみたい、と考えるようになった。私は、恋を覚えると人はどう変化するのかをその身を以て知った。私は恋愛の熱に浮かされていた(*9)
私は、自らの思考や感情を整理するための方法を、書くこと以外に知らなかった。思い出も、悩み事も、思索したことも、ずっと文章に綴ってきた。だから今回も書くことにしよう。そう言って、思いの丈を込めたラブレターまで書き始めるに至った(*10)
それはそれとして、問題は次のデートであった。造幣局の見学が第一候補であったが、予約で埋まっていたため他を探す必要があった。交通の便、見学内容、個人の見学を受け入れているかなどの観点から丸一日かけて検討を重ね、私はある食品工場の見学を提案した。ところが、彼女の都合が悪くなったということで、このデートの計画は流れてしまった。「また機会があれば」、と彼女は言った。脈があるようにもないようにも見える、玉虫色の言葉だった。「分かった」以上の返事はできず、メッセージのやりとりはここで一旦途切れることとなった。

4月になった。私は京都大学の学生となり、研究室に行ってPCのセットアップなど研究の準備を開始した。その裏で、彼女のことは常に気になっていた。私から好きになった以上はこのまま待っていてもどうしようもないわけで、私から押して機会を強引にでも作り出す以外の選択肢はなかった。ひとまず、新生活はどうかと彼女に話しかけることにした。彼女は最近の生活について述べた後、私の新生活について尋ねてくれた。どうにか会話を生み出すことができたのだが、どうやら彼女は忙しいようで、返事はあまりマメではなかった(*11)。私も私でどう返事しようかと毎回1日くらいかかって悩むものだから、非常にスローペースな会話となった。ともかくも、新生活の話から会話を繋げ、やっとの事でゴールデンウィークにデートする約束を取り付けることができた。私は一安心した。
大半の工場見学は、平日にしか行われていない。3月に提案した食品工場も例外ではなかった。彼女は工場以外ではダムに行きたがっていた。そこで関西のダムについて調べてみたのだが、規模の大きなダムはどれも山奥に作られていて、交通の便が悪かった。彼女にダムは気軽に行ける場所ではないようだと伝えたところ、行き先は結局私に一任するということになった。私が東京で遊んだ場所はというと、工場以外では庭園、裁判所、洋館、植物園(*12)といったところだった。関西におけるこれらの施設を検討し、私は次のデートの場所に神戸布引ハーブ園を選んだ。ここは神戸の定番デートスポットの一つである。この選択のキモは、近くにダムがある(*13)ということだ。このダムを発見したときは、なるほど神戸ならば山と交通の便を両立できるのかと膝を打った。ここにするしかないだろう。私は彼女に行き先を伝えた。
行き先を決めた私は、このデートで告白しようと決意した。私は、恋愛感情を抑えきれない、すぐにでも彼女に告白したいと感じていた。彼女は高嶺の花のようには見えなかった。事実、彼女は今まで誰かに告白されたことはないようだった。しかし、新生活で出会った他の男に取られてしまうリスクは十分にあると私は思った。それは告白して振られる以上に我慢のならないことだった。次で告白するというのはやや性急なようにも感じられたが、これを逃すと次がいつになってしまうか分からない。それに、ダムは彼女が行きたがっていた場所である。景色もきっと綺麗だろうし、人も多くはないだろう。告白する上で絶好のチャンスといえそうだ。これらを踏まえ、私は次のデートで告白するのがベストな選択であると判断した。

そうして告白の当日になった。空は青く晴れていた。(続く)


後編: 「初恋・下」

(*1)この「無KのK」版の記事は、2019年5月の初稿から全体の構成を見直し、より読みやすくなるよう編集を加えた新編集版である。最終更新日は2020/12/30。
(*2)三人称の代名詞である。以下では、「彼女」という言葉を「恋人」の意味では使用しない。「彼女」という言葉は、全てある特定の1人の女性を指している。なお、「彼女」が誰なのか分からないようにするために、この記事はわざとミスリードを誘うような記述を一部に含んでいる。
(*3)これは「読解力の重要性を示す1つの事例」における記述と矛盾するようだが、あの記事は背伸びして知ったかぶりで書いていたということである。
(*4)ref. 「Arduous Learning of English for a Science Student」など。
(*5)「生命とは何か」「生命現象は物理学の枠組みでどのように記述できるのだろうか」という謎である。
(*6)ref. 「私の院試体験(3)」
(*7)ref. 「3/5-3/12: 転居」。年始に彼女へのアプローチを決意してから春に開始するまで少し間が空いているのは、卒業研究と引っ越し準備のためである。
(*8)ref. 「日記: 東京証券取引所と水再生センターの見学」「横浜: 磯子火力発電所ほか」。しかし、まさか行きたい場所の趣味が合うとは思わなかった。無KのKに記事を書いたときは冗談のつもりだったが、デートスポットとして優れているというのもあながち間違いではないのかもしれない。
(*9)例えば、自分の服装や髪型が気になるようになった。 ツイートもややポエティックになった。彼女が言った「カッコいい」という言葉を取り出して何度も脳内再生しては何度も照れた。
(*10)ref. 「3/21」。当時も書いているように、これがなかなか異常な仕上がりだった。恥ずかしいため一生非公開とするつもりでいたが、気が変わった。以下に初稿を掲載しよう。
「私は君のことが好きである。その根拠として、例えば以下の事実を挙げることができる:
・君と会うことを思うと、喜びと緊張が混ざったような独特の高揚感を抱く。
・君という存在がまるで頭に焼き付けられたかのように感じられ、毎日君のことが気になってならない。
・君と手を繋ぎたいと感じる。
私は、君の実直な性格を尊敬している。初めは、君に対してのみ現れるこの異質で奇妙な感覚も、君に対する尊敬と友情を足し合わせたものだろうと思っていた。しかし、久しぶりに君と会い、それに伴って「奇妙な感覚」が己の中で激しく強められたのを、私は確かに感じ取った。ここに至り、私はこれが恋愛感情に他ならないことを確信した。
私は、初めて抱いたこの「奇妙な感覚」に対して未だに戸惑いを覚えている。この告白という判断についても、まだいくばくかのためらいがある。しかしそれでも、君のことを好きになってしまった以上、このことを伝えずに済ますという選択肢は私に残されていないように思われたのである。

私は君のことが好きである。従って、私は君と付き合いたい。この交際の申し出に対して取りうる返答としては、次の3つが考えられる。
i)承諾
君と付き合いたいとは言ったものの、私は過去に誰かと交際した経験があるわけではない。このため、交際といっても何をすれば良いのかは実のところ不明である。よって、この場合、まず最初に交際という言葉の具体的意味を考える必要があるのではないかと思われる。
ひとまず、私としては、メッセージのやり取りないし通話などの方法によって、定期的に君と接点を持つことを希望している。
ii)拒否
もし君が私を自分の恋人にはしたくないと思うのであれば、この交際の申し出を拒むことを躊躇しないでほしい。たとえ交際を拒まれたとしても、これからも君が良き友人であり続けてくれるのならば、私は嬉しい。
iii)保留
i,iiのどちらか一方を選択するには時間を要するかもしれない。私が君に対して恋愛感情を抱いていることを認識してもらえれば、当面はそれで十分である。判断するにあたって足りない情報があれば、体重、好物、年収、既往歴、名前(ふりがな)、アフリカ連合本部の所在地、人生の意味など、なんでも聞いてもらって構わない(**1)。答えられる範囲で答える。
長くなったが、要点は単純かつ明快だ。もう一度言おう、私は君のことが好きである。
(**1)インフォームド・コンセント。」
大真面目に書いていたはずが、筆が乗っておかしな文章になってしまった。こんなものを渡せるわけがない。結局、抜本的に書き直すことにした。
(*11)私はこれにやきもきした。ref.「4/5」
(*12)ref.「11/20: きらら展」「12/11 午前: 浜離宮」「12/11 午後」など。
(*13)五本松堰堤のこと。ref.「布引の滝 布引ダム(五本松堰堤)への行き方」(神戸市公式サイト)

2019年5月3日金曜日

服屋の店員

大型連休ということで、ここ数日は帰省して実家にいる。部屋で惰眠を貪っていると、服を買いに行かないか、と母親が声を掛けてきた。私はファッションに対する知識、センス、関心どれをとっても壊滅的に低水準であり、一人でユニクロ以外の服屋に買い物に行くことができない。そういうわけで、この歳になっても未だに母親と服を選んでいる(*1)のである。
服屋の難しいところは、服を物色していると店員が話しかけてくるところだ。服屋の店員は概して話術が巧みである。服を選ぶ基準を持ち合わせていない私は、話しかけられたら最後、店員の勧めるがままに服を買うことを余儀なくされてしまうのだ。そして今日もまた、服屋の店員に話しかけられた。
「何かお探しでしょうか」
「はい。暑くなってきましたので、初夏らしい爽やかなコーデをと思いまして」
「なるほど。どこかお出かけなどされるのですか?」
「お出かけ......。三宮の方で、博物館なんかに行くことはありますね」
「博物館ですか。ちなみに、どのような博物館なんですか?」
「え、えーっと......。この前行ったのは、麻酔......麻酔博物館っていうところです」
「え、麻酔、麻酔ですか?そういう......クスリとかがお好きなんですか」
「はい!!!」
「へえ......こう......科学......最新の科学技術に興味を持っていらっしゃるんですね。そういうことでしたら、こちらのボトムスにこちらのシャツを合わせてみるのがオススメです。カジュアルで......よく似合われるかと。試着されますか?」
「そうですか!はい、試着してみます!」

こうして見事に乗せられた私は、勧められるがままに四着の服を購入してしまった。帰り道、私は母に尋ねられた。
「あんたそういうの興味あったん」
「ああ、試着してみたら似合っている気がしたから」
「そうじゃなくて、麻酔に」
「あ......え......。うん、まあ、一応......」

(*1)現在私は22歳だ。彼女はいない。母親は今の私にとって最も身近な異性である。

2019年3月24日日曜日

だから私は「おはよう」と言う

挨拶することは、一般に良いことだとされている。皆さんの記憶の糸を手繰ってもらいたい。小中学校には、挨拶運動、挨拶奨励スローガン、挨拶ポスター、独立行政法人日本挨拶推進機構、挨拶監視パノプティコンなどがあったことだろう。ACジャパンの有名なCMに「あいさつの魔法。」というものもあった。これも挨拶を奨励する内容である。
確かに挨拶は良いものだ。挨拶は人と人との繋がりを生む。爽やかな挨拶に気分が良くなったり、優しい挨拶に心が温かくなったりすることもあるだろう。しかし、こうした挨拶奨励社会の中で、我々は見落としてはならないことを見落としてしまっているのではないだろうか。挨拶の効能を教育され、挨拶は素晴らしいものだと理解すれば、人はみな挨拶できるようになるのだろうか。
否だ。挨拶は難しいのである。


友人に会ったとき、第一声で何と言うのが正解か、という問題がある。これが朝なら簡単だ。「おはよう」と言えばそれでよい。その友人と長らく会っていない場合、「久しぶり」を使うこともできる。しかし、毎日顔を合わせているような友人と夕方に顔を合わせてしまったら大変である。私は何と言えばよいのだ。

代表的な昼の挨拶は「こんにちは」である。しかし「こんにちは」はよくない。「こんにちは」は硬すぎる。「こんにちは」の後に続くべきは敬語だろう。「こんにちは。今日もいい天気ですね」なら問題ない。だが誰が、「こんにちは。4限の授業のレポートもう解いた?」と言うだろうか。これは一体どういう距離感なのだと思案してしまう。
「こんばんは」は尚更悪い。小学生の頃、「こんばんは」なんて町内会の回覧板を渡すときくらいしか使わなかった。私にとって、「こんばんは」はご近所づきあい程度の遠さを持った挨拶である。「こんばんは」はとにかく良くない。

「やあ」はどうか。「こんにちは」よりは幾分良い。しかし「やあ」は挨拶としては短すぎはしないだろうか。「やあ」というのは、「ヤー」である。子音と母音、それぞれ一回しか発音していないのだ。そんな挨拶が許されるのか。最も基本的な間投詞の1つ、肯定の言葉「はい」ですら子音1つに母音2つを含んでいる。それに比べて「やあ」は何だ。「あ」なんて「や」に既に含まれているaの音を惰性で伸ばしているだけではないか。「やあ」を考えた人は、ちょっと投げやりが過ぎるのではないだろうか。だからと言って「やい」と言ってしまったら、それはもう「やい、金を出せ」と続けるしかないのである。
「やあ」の後に続けて「(誰それ)か」、と名前を呼ぶこともあるだろう。ただ、「やあ、(誰それ)か」と言うのは、考えてみれば妙である。「か」と言われても、何が「か」なのか。そんなことを聞かれても困ってしまう。「おお、【如才】か」「あ、【如才】じゃん」と言われて、困惑気味に「うん、その通り。君の認識は正しい」ないし「如何にも自分は隴西の【如才】である」などと答えようものなら、決まって相手は私以上に困惑した表情を浮かべるのだ。何なんだこのやり取りは。

「Hello」はどうか。「こんにちは」よりもフランクで、一見したところ好印象である。実際、一時期は挨拶に専ら「Hello」を使っていた。しかし、よくよく考えてみればこれは英語である。ややもすると忘れてしまいがちではあるが、「Hello」は日本語ではないのだ。「Hello, 4限の授業のレポートもう解いた?」なんて聞かれたら、「いや、まだ」と答えようものか、「No, not yet」と答えようものか迷ってしまうではないか。
これを「Hi」にした暁には最悪だ。「Hi」はフランクすぎる。「欧米か!」のツッコミとともに頭を叩かれても文句は言えない。これは嫌だ。挨拶がやたらにフランクなやつと思われるのは、もはやこの際どうでもよい。頭を叩かれるような事態だけは避けねばならない。頭を叩かれるのは心底嫌だ。なぜならば、頭を叩かれたら頭が痛くなるからである。
それに、日本で相手が「Hi」と挨拶してきたら警戒してしまう。相手がいきなりハグしてくるかもしれない。いきなりハグしてきたらそれはきっと欧米だろうが、ハグされてしまっては「欧米か!」と言って相手の頭を叩くこともできないわけで、「Hi」はたいそう危険である。
英語以外の言語を選んだところで、何も問題は解決しない。「你好、4限の授業のレポートもう解いた?」も妙であるし、これが「வணக்கம்」になってくると、いよいよ誰も理解できない。

こうして私の挨拶は非常に複雑な変遷を辿ったのだが、最近は「おはよう」に落ち着いている。私は時間帯によらず「おはよう」と言う。「おはよう」は良い。どこか爽やかな響きを持っていて、今日もまだまだこれからだという気持ちにさせてくれる。「おはよう」は青春的なみずみずしさを持った挨拶である。
早いか遅いかは、太陽によって決まるのではない。それは自分が決めるのだ。主観世界は感覚が全てである。

(関連記事: 「構造と価値」

2019年3月23日土曜日

見るということ

昨日、高校のときの後輩と待ち合わせをして会った。
「久しぶり。一年ぶりか」
「先輩、院試合格おめでとうございます」
「ありがとう」
「昼食どこにしましょうか」
「例によって、何も考えずに来た」
「僕も考えていません」
「あ、あそこはどうやろう、テラス席のある3階の豚カツ屋さん。テラス席に行こうとすると店員には困惑され、高校生には笑われ、眺めは良くない上に非常に寒く、今のような時期にテラス席にするメリットは全くない」
「適度な温度と湿度のある場所がいいです」
「そうやな。君が喉を痛めると良くないもんな。そうそう、健康といえば、最近薬物にハマっていて。ここに来るときも、電車の中で広告を見たら「大麻」って書いてあったんやけど、何事かと思ってよく見てみたら「大阪」やったんよ。全然違う単語やったからビックリした。えー!「大阪」が「大麻」に見えたってこと!?って」
「こんなところで大麻大麻と言うのはやめて下さい。人に聞かれたら先輩の同類と思われるじゃないですか」

食事をして店を出たところ、彼はお手洗いに行きたいと言った。近くに百貨店があったため、その中のトイレを借りることにした。彼をトイレに行かせて、私は外で待っていた。
辺りを見回すと、2つの消火器が置いてあった。暇だったので、私はしゃがんで消火器を眺めていた。へー。片方は2015年製、もう片方は2016年製か。もしかすると、同時に使用期限が切れてしまって使える消火器がない、とならないようにしているのだろうか。なるほどなあ。振り返ると、後輩は排泄を済ませて戻っていた。私は彼に声をかけた。
「お帰り」
「先輩、何してたんですか」
「何って......。消火器を見とった」
彼はいきなり笑い始めた。不可解な奴だ。
「さっきまでカップルが先輩のことをじろじろと不審そうに見ていましたよ。先輩、不審者ですよ。あーこの人やってしまったなあ、と思いました、本当に。もうどこかに行ってしまいましたけど、カップルがいる間に先輩に話しかけられたらどうしようかと」
「え......。もしかして、こんなことしてるから俺って彼女がいないのかな」
「そうですよ。デート中に彼氏が消火器見てたら彼女も『別れよう......』ってなりますよ」

はあ。もっと早く振り向いて、「おう、もうマリファナ吸い終わったんか。早かったな」とでも言ってやればよかった。実に惜しいことをした。

2019年3月17日日曜日

構造と価値

最近、生や世界についてなど、抽象的な事柄について友人と議論する機会がしばしばあった。この記事は、そうした議論を通じて自分の中に感じ取られた、私の基本的な思想についてまとめたものである。他の人にとっては読んでいてつまらないかもしれないが、今の私にとっては重要な文章であり、記録としてここにアップロードしておく。


世界は構造を持つ。
私は、世界には法則があると信じている。世界は物質からできており、物質は法則に従う。法則は世界に構造を与える。そうした構造の一つが生物であり、人であり、私である。

世界は意味を持たない。
意味が存在するためには、無条件に意味を持つ絶対的な何かが必要である。例えば、愛が意味を持つと無条件に認めれば、愛に繋がる任意の行為に意味を与えることが可能となる。
世界はただ存在するだけであり、そこに絶対的な意味は存在しない。世界は、世界がどうであろうと構いはしない。世界は意味もなく存在し、私は意味もなく世界に存在する。私が存在するのは、ただ、世界が私を存在させるような世界だった、というだけのことに過ぎない。

客観世界に意味は存在しえない。価値が存在するとすれば、それは主観世界の中である。
人は、好き勝手に何かを選んで、それを絶対視することができる。先ほどの例に倣えば、愛を絶対化することによって、愛に繋がる行為に価値を感じながら生きることができる。主観世界の中でこのような絶対化が可能なのは、人が感覚を持っているためである。感覚は人の中で絶対的な基準として十分な資格を持つ。少なくとも私にとってはそうである。私がどう感覚するかは私にとってそれだけ重大な関心事だということだ。いや、「重大な」ではなく、「重大に感じられる」というべきか。いずれにせよ、最終的に感覚に依拠して価値判断を行うことにより、価値の基盤を求めて無限後退に陥ってしまう事態を回避し、世界に価値を見いだすことが可能となる。このように、価値は感覚によって支えられている。主観世界は感覚が全てであると言ってもよい。
ただし、人体は物質であり、感覚もまた法則が生み出した構造に過ぎないことには注意が必要である。快なる状態を実現するための行為に意味はない。

これまでの経験によれば、あらゆる生物はやがて死ぬ。人は死に、物は朽ち、情報は散逸する。
人は、自らが生きた証を世界の中に残すことに意味があると思い込むかもしれない。例えば、生殖によって自らの遺伝情報を残そうとしたり、業績によって後世の人々の記憶に留まろうとしたりするように。しかしあらゆる情報は散逸する。文明は滅ぶ運命にある。生きることに意味はないし、生きた証もやがて消える。生の価値を自分の外部に求めるようとしても無駄である。とりうる選択肢は、自分の感覚に基づいて意識的に生を価値付けるか、あるいは価値付けずに淡々と死ぬかである。
今の私はどちらかというと後者に近い。だから私が今日死んだとしても、私は別に構わない。とはいえ、自動車に轢き殺されるであるとか、急性の疾患で病死するだとかは嫌である。しかしそれは死ぬこと自体が嫌であるからではない。死に苦痛が伴うことが嫌なのである。全身麻酔が効いているうちに医療ミスで死亡するのであれば歓迎する。

私は、食欲などの基本的欲求を満たすことに少しの価値を見出しているが、欲求が充足されたときの快よりも、充足されないときの不快の方がはるかに強く感じられる。空腹による不快感はあまりに強く、そしてあまりに頻繁である。このため、生は基本的に不快である。病気にでもなればなおさら不快だ。これは私をそういう構造にした世界の側に非がある問題であり、私がこの世界から退出しない限り解決されることはない。私の価値は自分の感覚に依拠している。私は快を最大化し不快を最小化したい。最も合理的なのは、この場で今すぐ死ぬことだろう。しかし、私は死に伴うであろう苦痛を忌避するあまり、不合理にも生き続けている。私は問題を先送りにし続けている。
多くの人は、人類社会の存続や繁栄を願うだろう。しかしそこに意味はない。では価値の観点からはどうだろうか。500年後に人類が滅亡したところで、その人にとって何の問題があるだろうか。人類社会の存続を願うのは、人類の永続を願うからではない。社会に今終わられては死の苦しみに直面することになって困るからである。しかし、隕石が落ちて人類が滅ぶにしても、人口が漸減して人類が滅ぶにしても、滅びに直面する人類は、死の間際に生じる苦しみ、生活が維持できなくなる苦しみに直面することになる。社会を維持することは、すなわち滅亡の苦しみを先送りにすることであり、自分さえよければいいといったエゴイズムの産物のように見える。それならば、社会が維持できている今のうちに生殖を中止し、全員一気に安楽死した方が人としての倫理にかなっているのではないか、と思わずにはいられない。

私は、一方で、基本的欲求の充足以外に基づく生の価値付けも行っている。それは世界の法則を知ることである。私は世界の法則に興味がある。それは私が構造であるからだ。私は生き、感じ、やがて死ぬ。そのことは世界の法則にどのような形で刻まれているのか。私はそれを知りたい、それを知った状態に少しでも近づきたいと思っている。しかしこれは重要でないといえば重要でない。私は究極的な答えを知ることなしに死ぬだろう。仮に生きるのであればその生の長さの中で出来るだけ答えに近づきたいというだけであって、たとえ私が今ここで死ぬのであったとしても、それはそれで構わない。むしろその方が良いだろう。
あるいは、遠ざかった答えを、近づいた答えと誤認して死ぬかもしれない。しかし、私が本当に答えに近づくかも重要ではない。世界に意味はないが、価値はある。たとえまやかしであっても、私が答えに近づいたと自分で思い込めば、そこに価値は発生する。主観世界に真実とまやかしの区別はない。

私は、法則を知ることは私自身を知ることに繋がると信じている。自分自身を知ることを絶対視しているため、法則を知る営みにも価値を見いだしている。一方で、法則を知ることで世界を知ることができるかというと疑問がある。仮に(私の思い込みなどではなく)世界に本当に法則があって、その法則の内容が完全に解明されたとしても、世界に何故そのような法則性があるのかという問いは解明されないまま残っている。世界の法則を知る営みは、世界があること、その世界が法則性を備えていることを前提としている。そして、この前提は法則の内容に関わりがない。我々が世界の全てを知ることは、原理的にできないだろう。できるに越したことはないが、私はそこまでは望んでいない。構造さえわかればそれで十二分に満足である。

私が今ここで死んでもそれで良いと思うのは、私の死は私の消滅に他ならないと思うからだ。もし輪廻転生があって、解脱しなければ私が消滅できないのであれば、私は私の生を使って解脱への道を模索しなければならないことになる。しかし私は輪廻などの概念を信じていない。まず、同じ世界で輪廻があるとしたら、生命の誕生に生殖と無関係な解脱という要素が加わるのだから、生命が自然発生して数を調整する必要があるだろう。しかしそれは私の感覚に合わない。また、私の意識は、私の肉体という"構造を持った物質"が法則に従って時間発展することによって生み出されている。従って、私はこの世界のもとでこの構造に紐付けられている。だからこの世界で今の私の構造が失われた後に発生する私というものもなければ、別の世界で異なる法則に基づく私というものもないと思う。魂なるものを持ち出すにしても、私の魂を持って転生した人は私の構造と感覚を共有しない他人でしかない。私と魂を共有する他人がどこかの世界に発生したとしても、私が死亡した時点で私の感覚、私の不快は消えていて、私の問題は解決されている。

主観世界は感覚が全てである。自分が死のうと社会が滅亡しようと構わないのだから、私が快と感じるか不快と感じるかだけが全てであって、それが真の幸福かと問うことには何の意味もない。例えば家族愛に基づく幸福感は真の幸福と見なされることが多いように思われるが、そもそも幸福が真であるとはどういうことかが不明である以上、その幸福が真であることを保証してくれるものは何もない。せいぜい、この幸福は真だと感じるという感覚だけである。
押せば自分に快を与えるスイッチがあるとすれば、私はそれを押し続けるだろう。そのスイッチを押し続けたいがために、自分が世界の構造を知ろうとすることをやめ、社会生活をやめ、食べることもやめて一人で死んだとしても、死の瞬間まで快い感覚の中で苦しみなく生きることができるのであれば、私はそれを望む。それほど快いのであれば、快感を長続きさせるためにむしろ今より生への意欲が増すかもしれない。
この点で私は麻薬に興味を抱いているが、現実にある麻薬に手を出したいとは全く思わない。第一に、先ほどは「何回でも押すことができる」理想的なスイッチを考えたが、現実の麻薬は消費すればなくなり、使い続けるにはお金がかかる。死ぬまで麻薬を使い続けることは現実的ではない。第二に、先ほどは「押す前から自分に快感を与えることが分かっている」理想的なスイッチを考えたが、現実の麻薬は摂取して初めて自分に与える感覚がわかるものである。麻薬が自分にとって未知であることに由来する恐怖の感情がある。第三に、先ほどは「何回押しても自分に同じ快を与えてくれる」理想的なスイッチを考えたが、現実の麻薬は使えば使うほど快が減るばかりか、心身が害され不快感が増えていくとされている。麻薬使用者の手記などを読む限り、現実の麻薬から得られる快は禁断症状の不快感に対して割りに合わないだろうと推測される。これらの難点を思えば、現実の麻薬は、せいぜい死の間際の苦しみを抑えるのに使うくらいが関の山だろう。

世界の意味とは意味が違う意味であるが、文章の意味も世界の意味と似た側面を持つと思っている。文章を構成する単語の意味を他の単語で説明しようとすれば無限後退に陥るため、結局文章の意味は主観世界の中にしか立ち現れ得ない。
世界は構造を持っているが、世界は意味を持っていない。しかし、その構造に価値を見いだすことは可能である。私にはその面白味だけで十分である。それは文章も同様だ。意味はなく、構造だけがあるが、その構造に価値を見いだすことは可能である。
書いた当時は意識していなかったが、「つい洗剤を出しすぎてしまい困る」あたりの記事には、そうした私の思想がにじみ出ているような気がしてならない。

2019年2月24日日曜日

先ずKより始めよ

政治家の発言にせよ、SNSにおける投稿にせよ、不確かな情報に基づいて強い口調で語られる極端な意見が人気を集めているのを見るたびに悲しい気持ちにさせられる。ポスト・トゥルースの時代と言われるように、今やフェイクニュースは瞬く間に市民社会を駆け巡る。このことは市民の投票行動にも大きな影響を与えており、昨今世界的に見られる排外主義の台頭はその象徴であるとされる。
このような事態を打破する上で有効な手段は、やはり教育であるだろう。市民一人一人が高い水準の教育を受け、自らの知識に立脚した批判的思考力と他の専門知への敬意を身に付ければ、市民社会でしっかりとした集合知が形成され、民主主義がうまく機能するようになるはずだ。しかし、現状ではこういった視点は欠けているように思われる。大学教育における実学重視の傾向からもわかるように、むしろ教育は高い給与を得るための手段という側面が強い。この状況がもたらすものは、学習の動機の不足である。つまり、皆が物事を学び考えれば社会全体として利得が増加するにも関わらず、個々人としては思考を放棄して他人の知にフリーライドすることが有効な戦略たり得てしまうわけだ。これは市場の失敗である。
どうしてこのようなことが起こるのだろうか。それは外部経済性の概念で説明できる。外部経済とは、市場を通さず他者にプラスに働く効果のことだ。外部経済の例として、果樹園に対する養蜂家の関係を挙げることができる。養蜂家は、蜂を育てることで自然にその近くの果樹の受粉を手助けする。しかし、養蜂家は果樹園の利益まで考えて蜂を育てるわけではないため、蜂を増やせば養蜂家+果樹園全体としては利得が増加するにも関わらず、蜂の過小供給が発生するのである。そして、「教育→民主主義の成功」の流れが示している通り、学習することは外部経済性を持つ。その結果、思考訓練を受けた人材は過小供給される。これが今の社会で起こっていることだ。
外部経済性の問題にどう対応すべきだろうか。これにはピグー税と呼ばれる考え方がある。これは、プラスの効果を持つ外部経済には補助金を与え、マイナスの効果を持つ外部不経済には税金をかけるというものだ。すなわち、高い水準の教育を受ける者に政府が公的に補助金を出せば良いということになる。
そうはいっても、これでは基準が曖昧で誰に補助金を出すべきかわからないではないか、と思われるかもしれない。しかしその問題の解決は簡単だ。結論から言えば、補助金を受け取るべきはこの私である。私は東京大学の学生であり、ほとんどの市民は東京大学の教育は高い水準にあるという主張に同意してくれるだろう。そして、「先ず隗より始めよ」というように、こういうものは言い出しっぺを優遇するのが最良なのである。だからまずは私である。少々心苦しいが、世界平和のためなら仕方がない。補助金を甘んじて受け入れる覚悟はできている。
読者の皆様も、人類のためだと思ってどしどし私にお金を渡してくだされば幸いだ。一切の遠慮は無用である。ご連絡をお待ちしている(*1)。

(*1)筆者は「人類のためにも私にお金を渡すべきだ」と主張しているが、本当にそうだろうか。批判的思考力を持つ賢明な読者ならば、この文章のロジックのどこがおかしいかにすぐ気が付いたことだろう。そう、世界平和が実現すると人類は滅亡するのである。

2019年2月14日木曜日

バレンタイン・チョコクッキー

昨日、卒業研究報告書を完成させた。締め切りは明日の正午である。この大学を卒業するためには、それまでに大学の事務室に行って報告書を提出する必要がある。

さて、今日は昼過ぎに起床した。今日はバレンタインデーである。
私の記憶によれば、事務室は17時に閉室する。まだ報告書を印刷していないが、時間には十分余裕があるといってよいだろう。それに、万一今日提出できなくても明日提出すれば問題はない。一方、バレンタインデーという日は今日を逃すと一年後までやってこない。これらの考察から、本日はチョコクッキーの作製を行うべきであると判断された。
クッキー作りに必要な材料は以下の通りである[1]。
・薄力粉
・卵
・無塩バター
・砂糖
・牛乳
これらを良い塩梅で混合し、生地を寝かせてオーブンで焼き上げればプレーンクッキーが完成する。表面上はこの方針に従いつつも、完全に従うのではなく溶かしたチョコを生地に加えて権力に反抗する姿勢を示せばチョコクッキーになるだろう。つまり面従腹背である。チョコクッキー作りとはパンクロックの精神を体現することであると言っても過言ではない(*1)。その証拠に、チョコは大麻の隠語でもあるのだ。

こうしてチョコクッキーの作製を決定したものの、私には無塩バターの持ち合わせがなかった。その代わりに所持していたのは、有塩バターおよびキャノーラ油である。
有塩バターは、 無塩バターになりかけていたものの、食塩の添加によって惜しくも無塩バターを通り過ぎてしまったものである。一方牛乳はバターの原料、いわばバターのデュナミスである。この関係を図1に図解した。
図1 無、牛乳、バターの関係。
これらはバターパラメターと呼ばれる一次元量によって順序化される。

図より、牛乳と有塩バターを混合すると実質的に無塩バター状態になると考えられる。
また、植物油はマーガリンの原料であり、バターはマーガリンと近似的に等しい。一般にマーガリンは植物油中の脂肪酸を部分的に水素付加することで得られるが、この水素付加反応はNi触媒のもとで進行するため、家庭で行うことは難しい[2]。ところが、最初期のマーガリンは油脂に牛乳を加えるという単純な方法によって作られていたとされる[3]。これより、マーガリンの製造に水素付加反応は必須ではないことが理解できる。ここまでの議論を総合すると、牛乳とキャノーラ油の混合により実質的な無塩バター状態が発生する、と結論づけられる。

チョコクッキーの作製にあたり、最初にチョコレートの加熱を行った。「帰宅部裏サイト(*2)」[4]によれば、チョコレートの加熱は湯煎で行うことが定石である。そこで、鍋に水を張り、鍋を緩やかに加熱して温水を作製した。この温水にプラスチック容器を浮かべ、手で割った板チョコレート50 gと少量の牛乳を加えて静置した。板チョコレートには明治「ミルクチョコレート 50 g」を使用した。並行して、卵を割って卵黄を取り出し、不明な分量のバター、キャノーラ油、牛乳、オリゴ糖シロップ(*3)とともにボウルに加えた。次に、卵白に少量の醤油を加えてこれを飲んだあと、液状になったチョコレートと、ザルを通した薄力粉100 gをボウルに加え、撹拌した。原材料の一体化に伴う副次的な現象として、有限の体積を持つ様々な物体が散乱することによるキッチン内の可処分空間の減少が確認された。こうした状況を受け、ボウルを鍋の上に置き、鍋の上でボウルの中の材料を練り混ぜることを決定した。その結果、私は鍋、水蒸気、ボウルを経由してIHクッキングヒーターからの間接的エネルギーを受け取らねばならない事態に陥った。この出来事は、ボウルを鍋に置いて作業する際はIHクッキングヒーターの電源を切った方が良いことを示唆している。
ともかく、これらの作業の産物として、クッキーの生地が得られた。しかし、この生地はどういうわけだか非常に柔らかく、外力なしに円盤状の形を保つことが困難であった。生地は本来冷蔵庫で寝かせるのであるが、こうした局面を鑑みてここでは冷凍することにした。どうやら牛乳はクッキー生地にドバドバと入れるものではないようである。何十分か冷やすと、生地はかたいペースト状になった。
最後の工程として、このペーストを包丁で切り、焼き皿に並べ、予熱したオーブンレンジで焼いた。オーブンレンジのメーカーは泉精器(本社: 長野県松本市[5])である。 表面に焼き色がついたら裏返して再び焼いた。
かくして12枚のチョコクッキーが出来上がった(図2)。
図2 バレンタイン・ チョコクッキー。
50 gのチョコレートと100 gの薄力粉から作製した。

試食したところ、ややかたく甘味の面で物足りないという難点を抱えてはいるものの、十分食べ物としてカテゴライズ可能であることが分かった。その一方で、左手に装着していた腕時計により、現在の時刻が16時過ぎであることも分かった。加えて、報告書の体裁が整っているかを確認するために慌てて指示書を開いたところ、報告書の体裁が整っていないこと、及び、事務室の閉室は16時半であることが確認された。 これらの事実は、報告書の本日中の提出は著しく困難であることを強く示唆していた。

以上の理由により、私は卒業がかかった起床を控えているという緊迫した状況の下にある。普段から早朝に起きられているのならよかったのだが、不運にも私は今日昼過ぎに起きたような人間である。この出来事は、余裕をこくことが己をいかに危険な事態に導くかを示唆しているといえるだろう。

2/15 追記: 提出した。

(*1)これは過言で、パンクロックならば面と向かってやかましく大々的に反抗するべきである。
(*2)現在は閉鎖されている。
(*3)砂糖の代用である。

参考文献
[1] 株式会社 明治「手づくりChocoレシピ オーナメントクッキー」. 最終閲覧日2019年2月14日. https://www.choco-recipe.jp/milk/recipe/083.html.
[2] King, J. W., Holliday, R. L., List, G. R., Snyder, J.M (2001). Hydrogenation of vegetable oils using mixtures of supercritical carbon dioxide and hydrogen. J Amer Oil Chem Soc. 78: 107. https://doi.org/10.1007/s11746-001-0229-8.
[3] 日本マーガリン工業会 「マーガリンってなに?」. 最終閲覧日2019年2月14日. http://www.j-margarine.com/kiso/what.html.
[4] くろは (2013).「帰宅部活動記録 4巻」. 東京, スクウェア・エニックス.
[5] 株式会社 泉精器製作所「所在地」. 最終閲覧日2019年2月14日. https://www.izumi-products.co.jp/company/map/.

2019年2月13日水曜日

4コマ漫画「天使」/「飛び降り」/「バレンタイン」

4コマ漫画を描きました。
「天使」(*1)
「飛び降り」
「バレンタイン」

(*1)これは「青い鳥」に強く影響を受けた作品である。清らかで美しい人のことを比喩的に天使と呼ぶことがあるが、「(比喩的な)天使にはなかなか出会えないようでいて、案外身近なところにいる。日常の幸福を噛み締めよ」というメッセージが込められている。

2019年1月13日日曜日

日常系4コマ(6)

4コマ漫画を書きました(Twitter版)。
漫画のストックは以上です。気が向いたらまた続きを描くかもしれません。

2019年1月11日金曜日

日常系4コマ(5.5)

漫画を描きました(Twitter版)。第5話の後日譚です。
To Be Continued...... (次回 1月13日 19時更新)

2019年1月8日火曜日

日常系4コマ(5)

4コマ漫画を描きました。Twitter版(*1)もあります。
To Be Continued...... (次回番外編 1月11日 19時更新)

(*1)Twitterに掲載したバージョンでは、12コマ目の逆行列の計算に誤りがありました。大変申し訳ございません。この記事では、誤りを訂正したものを掲載しています。

2019年1月3日木曜日

日常系4コマ(4)

4コマ漫画を描きました(Twitter版)。
To Be Continued...... (次回 1月8日 19時更新)

2019年1月2日水曜日

日常系4コマ(3)

4コマ漫画を描きました(Twitter版)。
To Be Continued...... (次回 1月3日 19時更新)

2019年1月1日火曜日

年賀状2019 解答編

2019年年賀状の解答を掲載します。

年賀状2019 問題編

明けましておめでとうございます。
さて、今年の年賀状で出題したクロスワードを掲載します。画像をダウンロード・印刷して解いてみてください。<ヒントを兼ねて>を活用してもなおかなり難しいはずですから、適当に調べながら解くのが良いかと思います。



<ヨコのカギ>
1 今年の干支の動物は?
3 世界で一番広い国。首都はモスクワ。
6 清朝が滅亡し共和制国家の中華民国が成立した出来事は何革命?
7 格言「死を思え」ラテン語で?
10 〇〇転変=生滅流転=諸行無常
11 人生経験豊富で=”〇〇も甘いも噛み分けて”
12 都道府県や市町村など 
15 truth, trial, or psychology
16 レコーダーに録画した映像をDVDに焼くとき、これをするといいます
17 立てば芍薬 座れば〇〇 歩く姿は百合の花
18 「それでも地球は回っている」何説?
20 海からの高さ。オランダはこれが低いことで有名です
22 人のこれは尽きないものです。「〇深い」「〇が出る」「〇を言えば」
23 甲〇丙丁
24 桜田門外の変で殺された大老は〇〇直弼。
25 日本酒を徳利からこれに移してちびちびと…….。
27 ビタミンCの食品添加物としての使われ方の一つ。食品の劣化を抑えます

<タテのカギ>
1 お金を惜しまず使う=”金に〇〇はつけない”
2 心で強く思うこと。「残留〇〇」
3 飛躍していると変な結論が出てきます
4 琵琶湖のある県。
5 二重の意味に解釈できる文はこれです 「〇〇模糊」
6 古文では「蹴: け/け/ける/ける/けれ/けよ」だけです
8 この筒を使うと声が遠くまで届きます
9 一年で一番昼間が短い日。
11 探査機が惑星の重力を使って軌道を変えること。
12 地層を観察したりボーリングをしたりします
13 ヨコ1の子ども。
14 可愛い子には何をさせよ?
19 青酸カリ、水銀、ヒ素、ブラックジョーク
21 他の〇〇を許さない=”右に出る者はいない”
23 ミレーの絵「〇〇拾い」
25 平地よりは高いが山よりは低い。「緑が〇」「自由ヶ〇」「ゴルゴタの〇」
26 讃岐うどんにはこれがあります これが抜けると立てません

<ヒントを兼ねて>
ABCBDEFGHIを申し上げます。 旧年中は大変お世話になりJKLMNH゛OPQAR。HMASTNUFGAVECLPAQW。

マスとカギが一体になった、葉書バージョンの画像もあります。お好きな方をご利用ください。

年賀状2019 没案 / 日常系4コマ(2)

2019年の年賀状の没案(*1)を公開します。同じものをTwitterにもアップロードしています(リンク)ので、お好きな方でお読みください。
この漫画は、以前公開したクリスマス漫画の続編です。そちらと合わせてお楽しみいただければ幸いです。
To Be Continued...... (次回 1月2日 19時更新)

(*1)以前のクリスマス編を読んでいない人にもこの年賀状が届くということを考えると、「薬物の使用を奨励している」といったあらぬ誤解を受けるおそれがある。それでは年賀状として不適切だろうと判断した。